信毎「改憲は民意じゃない!」 必死の遠吠えが支離滅裂

衆院選の与党大勝を受けた信濃毎日新聞の社説(2017年10月23日)は、「改憲は信任されたのか」と大見出しを打ち、「今回の選挙で、自民の掲げる改憲が国民の支持を得たとすることには異を唱えておきたい。幾つか理由がある。」として、その理由を列挙していました。
要約して箇条書きにすると以下の通り。
  1. 今回の与党大勝は、野党の戦略ミスによるところが大きい。小選挙区で圧倒的な議席数を確保したからといって、有権者の支持をストレートに映したものではない。
  2. 自民の公約は生煮えであり、自衛隊明記案は党内論議もまとまっていない。公約の柱に据えたといっても、街頭演説で積極的に訴えておらず、改憲戦力とされる他の野党も含め、選挙戦では議論が深まらなかった。
  3. 憲法9条の改悪に反対した立憲民主党が躍進した。
  4. 共同通信の世論調査では、安倍政権下の改憲について「反対」が「賛成」を上回っている。
興味深いのは、この社説が冒頭で問題にしているのは「自民の掲げる改憲」であって、「改憲」そのものではないということです。そりゃそうですよね。今回の選挙の結果、公明党や希望の党を含めれば改憲勢力が全議席の約8割を占めることになりました。もはや信毎すら、「憲法は一言一句変更する必要はない」「改正議論もすべきでない」と主張するような護憲原理派を擁護できなくなったのです。

それはともかく、上記の4項目を理由に「自民党の改憲案は国民に信任されたわけではない」と主張するのは、正しいのでしょうか。

選挙に勝ったからといって党の改憲案がそのまま承認されたことにならないのはそのとおりだと思いますが、この社説の理屈は、かなりいびつな印象です。
そもそも、具体的な改憲案が国民の審判に委ねられるのは国民投票においてであって、選挙の場ではありません。自民党草案も安倍首相の提案も、議論の呼び水として示されたにすぎません。国会ではまだ具体的な議論がまったくなされていない現時点で「選挙に勝ったからって、おまえらの改憲案が認められたわけじゃないんだからな!」と言わずもがなのことを吠えるのは、まるで負け犬の勇み足みたいで無様です。
 社説が挙げた4項目のそれぞれも突っ込みどころが多いです。

●理由1=野党の自滅について。
オレたちがうまくやっていたらアイツらに勝てたかもしれない、だからアイツらの勝利は本物じゃない――野党や信毎は、選挙のたびにこんな負け惜しみを言い続けていますが、恥ずかしくないんですかね。スポーツ選手が敗戦後に同じセリフを口にしたら、監督にぶんなぐられますよ。村田諒太だって、5月の世界戦では戦略ミスの結果微妙な判定で破れましたが、試合後も愚痴を言わず、再挑戦で見事TKO勝利し世界タイトルを奪取しました。
敗者に求められるのは、愚痴や泣き言ではなく敗戦の原因を冷静に分析することです。そもそも、小選挙区制に死票が多いことは周知の事実なのですから、それが不満ならば選挙制度改革を主張すべきなのに、野党もリベラル系マスコミも、まったく触れていませんでしたよね。彼らにとっても、小選挙区制度は「負け惜しみツール」として必要不可欠なのでしょう。

●理由2=公約の生煮え性について。
ただの呼び水を「煮えてない」と批判しても意味がないことは上述の通り。また、選挙戦で議論が不足していたから無視していいというのは暴論でしょう。
与党が憲法改正を発議できる3分の2を獲得できるかは、これまでの国政選挙でもつねに焦点になってきました。自公の候補が街頭演説で憲法問題に触れることは少なかったかもしれませんが、自民党が改憲を公約の柱に引き上げたことは揺るぎない事実ですし、民進党を分裂させたくさびもまさに憲法観・安保観でした。テレビの党首討論や新聞の選挙特集でも大きなテーマとして扱われていました。この問題がいままでになくクローズアップされていたことは疑いようがありません。
そういう事実がある以上、選挙後になって「憲法は争点にならなかった」と言い繕うのは、護憲派サヨクの負け惜しみならともかく、メディアまでそれに便乗してしまっては自己否定も同然です。
それにどうせ、もし野党が勝ってたら、絶対に信毎は「国民が改憲にノーをつきつけた!」と書き立てていたことでしょう。

●理由3=立民の躍進について。
立民が躍進した背景には希望と共産の惨敗があり、要するに左派系野党が仲間の票を食い合っただけのことですから、信毎の主張はほとんどフェイクに近いものがあります。議員定数が減少したにもかかわらず与党の議席数は選挙前と比べて変化なし。改憲に及び腰な公明が大きく議席を減らした結果、自民党は存在感を増しました。結果的に改憲勢力とされる議員が8割を占めることになった現実を直視しないメディアは、世論の代弁者の資格がありません。

●理由4=世論調査について。
これは事実そのとおりなのでしょうから、信毎は最初からこれを前面に押し出せばいいのにと思います。


信毎は社説の末尾近くで次のように訴えています。

憲法は国民の権利を守るために国家権力を縛るものだ。…とりわけ9条のように賛否が二分する項目を国民投票に持ち込めば社会に深刻な分断を生じる。数頼みは許されない。改憲の発議は慎重であるべきだ。



自民党案だろうがなんだろうが、改憲させたくない本音がよく分かります。たとえ国民の99%が改憲に賛成しても、「数頼み」「数の横暴」と言いかねませんね。

信毎が心配するまでもなく、改憲は当分実現しないでしょう。改憲勢力が8割を占めるといっても、こういう難しい問題はいざ具体的議論に入ると総論賛成各論反対で紛糾するのが常ですし、党の方針に背いて改憲反対に回る議員も出てくるでしょう。そもそも現行憲法は事実上、捕縛縄どころかゴムひも並にユルユルですから、国民にとっては、どうしても改憲しなければならない理由が見当たりません。第二次朝鮮戦争が勃発するとか、中国が台湾併呑・尖閣奪取を本格化するとかいった派手なことが起きない限り、憲法はいまのまま温存されるでしょう。

安倍首相も、支持率を犠牲にしてまで改憲をゴリ押しする気はありません。出したりひっこめたりして少しずつ国民の「改憲アレルギー」を薄めていくしかないことを、安倍政権はよく分かっているはずです。
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「情理を尽くせ」と東電を叱る信毎社説の責任放棄


2017年7月17日(月)信濃毎日新聞朝刊社説(要約)

汚染水の処理
東電は情理を尽くせ


東京電力の川村隆会長が、福島第一原発に溜まっているトリチウムを含む汚染水の処理方法について、「(海に放出する)判断はもうしている。はっきり」と発言した。

この問題については、政府の小委員会が処理方法を絞り込む議論を行っている最中だった。東電もこれまで政府の検討を待つとしてきたのに、この段階で「判断した」などと言うのは筋が通らない。

海への放出は、地元の漁業者も吉野復興相も反対している。

福島県民は再興のために必死で頑張っているのに、東電が「汚染水の処理方法は最終的に自ら決める」などというのは納得できない。

福島第一原発にはトリチウム汚染水の貯水タンクが林立し、原子力委員会は廃炉作業に支障をきたすため濃度を薄めて海に流すよう東電に求めている。政府の小委員会からも(海洋放出の)判断をうながす声が出ていた。

しかし処理方法の案には、深層地下への注入・蒸発・水素に変化させて大気放出・固化・ゲル化して埋設―なども挙がっている。海洋放出は費用が安く手っ取り早いから有力視されたに過ぎない。

福島の人たちの考えを抜きにして、結論を押し付けることは許されない。(東電は)それぞれのリスクと利点を丁寧に示す必要がある。



どうですか、これ。予備知識がない読者は、「なるほど、東電はけしからん!」と思っちゃうのかもしれませんね。
でも、それまでの報道を踏まえると、まったく別のものが見えてきます。

2017年7月14日(金)信濃毎日新聞朝刊2面(要約)

「トリチウム水 海に放出」
福島第1原発 東電会長、方針明言


東電会長発言骨子
・トリチウム水海洋放出の判断はもうしている
・原子力規制委員会の委員長が海洋放出できるとはっきり言い、われわれとしては大変助かっている
・技術的な確証は持っているし、関係者に説明
・国というか県というか、いろんな方が支援していただかないとがんばりきれない


 福島第1原発1~3号機では、浄化設備で高濃度汚染水の放射性物質を取り除いているが、トリチウムは通常の水と分離が難しいため、除去できない。運転中の原発などでは、法令基準以下に薄めて海に放出しているが、第1原発では敷地内のタンクに保管している。保管量は増え続け、7月6日現在、約77万7千トンで、タンク数は約580基に上る。廃炉作業への影響を懸念し処分を求める原子力規制委員会に対し、東電はこれまで政府の小委員会や経済産業省との議論を踏まえる必要があり、単独では方針を決められないとしてきた。
 インタビューで川村氏は「国の委員会の結論を待って次の展開をすることは致し方ない」と話し、実際の放出は政府の決定を待つ考えを示した。



同日同紙4面(要約)

福島第1のトリチウム水海洋放出方針
漁業者、風評被害を懸念


トリチウムは通常の原発でも海に放出されており、原子力規制委員会も東電に海洋放水を求めてきた。ただ、地元漁業者らの風評被害への懸念や東電への不信感は根強く、実施のハードルは極めて高い。

トリチウム水の取り扱いを巡っては、経済産業省の専門家会合が複数の選択肢を技術面から議論。昨年6月、薄めて海洋放出する方法が、より短期間に低コストで処分できるとの内容を盛り込んだ報告書をまとめた。社会的な影響も考慮する必要があるとして、別の小委員会で風評対策も含めた絞り込みの議論が続いているが、東電の取り得る選択肢は事実上、海洋放出に限られているのが現状だ。
 だが、事故の当事者である東電が技術面の安全性を説明するだけでは、地元漁業者や消費者を納得させられない状況もある。川村氏もインタビューで「われわれが(放出しても大丈夫だと)言っただけでは、皆さん『分かった』とは言わない。非常にしんどい立場だ」と明かした。

東電は過去に、タンクからの汚染水漏えいや、メルトダウン隠しなどが相次いで発覚し、隠蔽体質や立地自治体軽視の姿勢が批判を浴びてきた。
一方で、原子力規制委員会は、トリチウム水海洋放出の判断を外部に預けようとする東電の態度を問題視。昨年9月の会合では、更田委員長代理が「処分方法を決める責任は東電にある」と主体的に方針を打ち出すよう要求。今月10日に開かれた規制委と東電(会長・社長)の意見交換でも、「外堀が埋まるのを待っている」「国が判断しないのを言い訳にしている」と批判が集中し、田中委員長らが国の検討を待たずに東電の意思を示すよう改めて求めていた。
 今回の会長発言は規制委の要求に応えたという一面もありそうだが、トリチウム水は海洋放出しかないと内部で判断しながら、外部への説明を避けてきた東電のさらなる地元軽視の姿勢も浮き彫りとなった。

【トリチウム】
 弱いベータ線を出す放射性物質で、水素の放射性同位体。半減期は12.3年で、人体への影響は小さいとされる。三重水素とも呼ばれ、自然界に存在するほか、原子炉内の核分裂などによっても生じる。水と性質が似ており、通常の原発では希釈した上で海に放出している。



 記事にある、経済産業省の専門家会合がまとめた報告書(PDF)を見ると、トリチウムについての理解がより深まります。


・トリチウムは自然界に一定量(1.0~1.3×10^18Bq)が存在する。宇宙線によっても生成されるためである。

・トリチウムの半減期は12.3年。体内に水として摂取された場合は10日程度、有機物として摂取された場合は40日程度で、半分が体外に排出される。生物の体内で濃縮されることはない。

・トリチウムのベータ線エネルギー量は小さく(最大18.6keV)、紙一枚で遮蔽できる。

・トリチウムが人体に与える影響は、放射性セシウムの約1000分の1。

食品に含まれるトリチウム濃度には基準値が設定されていない。厚労省が「考慮しなければならないほどの線量になることは考えがたい」と判断しているからである。

・通常の原発では、原子力規制委員会の定める上限を超えないレベルの濃度でトリチウム水を放出している。

・イギリスの核融合実験施設にはトリチウムを回収する設備があるが、現実的に許容できるコストの範囲内でトリチウムを除去する技術は現時点では存在しない。

・スリーマイル島原発事故では、事故から10年後に水蒸気放出を開始し、完了までに3年を要した。同原発では水の増加量が少なく貯蔵容量に余裕があったために可能だった。

・試算コスト比較
地層注入=200億~4000億円
海洋放出=17億~34億円
水蒸気放出=230億~350億円
水素放出=600億~1000億円
地下埋設=750億~2500億円



  要するに、トリチウムは薄めれば人体にはほとんど影響ないし、放出はどこの原発でもやってることだし、海洋放出以外の方法は桁違いにカネも時間もかかるのです。
 信毎は社説で「海洋放出は費用が安く手っ取り早いから有力視されたに過ぎない」と述べていますが、国民の血税がつぎ込まれる事業なのですから、低コストで迅速な処理が求められるのは当然のことです。
たとえばトリチウム水を地下に流したり埋めたりするには、場所選びや法整備、施設建設、埋設後の管理など面倒くさい段取りを踏まなければなりません。無理に蒸気や水素にしたところで、放出される放射性物質の量は変わりません。小委員会で風評対策も含めた議論が続いているといっても、大筋の方向性は変わりようがないのです。

 たしかに政治的観点からみれば、川村会長は経産省小委員会の報告が出るまで黙っているのが賢い選択だったかもしれません。でも、彼に落ち度があるとすればその1点だけです。他に道がないことは素人でも分かることだし、原子力規制委員会から「腹をくくれ」と迫られていたのも事実。それなのに、なぜ信毎の社説は、まるで東電が横暴な独断をしたかのように書き立てるのか。海洋放出が許せないなら、東電よりも先に規制委を批判するべきでしょうに、なぜそれをしないのか? もちろんそれは、規制委の要求が正論だからです。
 信毎自身、14日の記事では海洋放出以外の選択肢は事実上ありえないと認めているのに、17日の社説では、まるで他の方法も十分可能性があるかのような書きっぷりをするのは、それこそ「筋が通らない」ことでしょう。
要するに、科学性や論理性など二の次で、「悪者」である東電を叩くことが目的になっちゃってるわけです。これじゃあただのイジメですよね。そんなマスコミがどの口で「情理(=人情と道理)を尽くせ」などと言えるのか。

 地元漁協は猛反対しているようですが、彼らが怖れているのは、トリチウムではなく風評です。
 振り返れば、地元漁業者らは放射能汚染のないバイパス地下水すら、放出に猛反発しました。風評というお化けを怖れるあまり、もはや合理的な判断ができない状況に陥っていることを、件の小委員会で地元の専門家が報告(PDF)しています。それによると、地元漁業者らは一体性を重視しているため、内部にはいろいろな意見があっても「海には何も流してほしくない」という強硬な感情論を抑えられないようです。

 こういう意固地になっちゃった人たちに対して、現時点では信用力ゼロの東電がどんな説得をしたって限界があることを、信毎自身が報じています。 まして、今回の社説のようにマスコミが不条理な東電叩きばかり続けていたら、住民への説得はますます難しくなるばかりです。
 風評というのは消費者=国民の感情、いってみれば世論。だとすれば、今こそオピニオンリーダーたるマスコミの出番でしょうに。信毎の読者である長野県民も消費者の一翼を担っているのですから、信毎にも風評というお化け退治に貢献する能力と義務があるはずです。だったら、他人面した説教社説なんかより、海洋放出の合理性を専門家が冷静に語る解説記事でも載せたほうがよっぽど社会的に有意義です。

 信毎は、地元漁業者の感情を忖度して東電を批判するのが正義だと思い込んでいるのでしょうが、それをやればやるほど「トリチウム恐怖症」を日本じゅうに蔓延させることになります。いつか必ず来る海洋放出の「恐ろしさ」が誇張され、風評を助長して福島の復興がますます遅くなるだけです。地元漁業者に気を使う必要があることは確かですが、極端な感情論まで擁護し正当化することは、「科学的根拠なんか知ったこっちゃない。福島産の魚は絶対ムリ」という、頭の悪い消費者の偏見を容認することにつながります。
 べつに地元漁業者を批判する必要はありません。東電に媚びる必要もありません。ただ、科学的で冷静な記事を書くだけで福島の復興に貢献できると思うのですが、はたして信毎に「情理を尽くす」気があるかどうか。

 自覚と責任が欠如したマスコミには困ったものですが、政府内にも頭の悪い大臣がいるようで情けなくなります。吉野正芳復興相は14日の記者会見で、海洋放出に反対を表明し「風評被害が必ず発生する。福島県の漁業者をこれ以上追い詰めないでほしい」と述べたそうです(福島民報記事)。
 だーかーらー、その風評を防ぐよう全力を尽くすのがアンタの仕事じゃないの! 何の対策も打たないまま、まだ起きてもいない風評を怖れてタンクが延々と増えていくのを放置すれば、「フクシマの事故処理は全然進んでいない、むしろ悪化している」というマイナスイメージが世界中にばらまかれ続けるのです。その結果、福島の復興が遅れたら、今度は地元漁業者たちが悪者扱いされかねません。そうならないように、国もメディアも総力を挙げて今からまともな世論形成を図らなきゃいけないんでしょうが。

先の専門家の報告によれば、現在の福島県内の漁業は「試験操業」という形で行われており、昨年の実績数量は震災前の8%にとどまっているとのことです。壊滅的打撃から立ち直れていないわけですが、であるならばなおさら早くトリチウム水の放出に踏み切った方が、風評によるダメージは少なく済むでしょう。大臣たるもの、それくらい冷静な判断ができなくてどうするんですか。
 福島選出だからしょうがないのかもしれませんが、こんな腰抜けド近眼には復興担当大臣なんて務まらないんじゃないですかね。今度の内閣改造でさっさとお払い箱にした方がいいですよ、安倍さん。

テーマ : 放射能汚染
ジャンル : 政治・経済

韓国を糖尿病に誘う甘い罠

ハンギョレ日本語版 2017.1.6

[ニュース分析]12・28合意維持に必死な日本「両刃の剣」抜く


今回の(日本の)措置は朴大統領を弾劾へ推し進めた韓国の“ろうそく集会の民心”により12・28合意が破棄される事態を何としても防ごうとする日本の先制措置と思われる。これには合意の廃棄、または再協議を公言している韓国の次期大統領候補群に向けた牽制の意味もある。

 しかし、今回の措置は日本にとって「両刃の剣」になるほかはない。今回の措置が韓国の世論を刺激して、両国関係が“破局”に達しかねないためだ。そうなれば、日本が長期にわたり精魂込めて締結した韓日軍事情報包括保護協定(GSOMIA)はもちろん、12・28合意も事実上破棄の手順に入りかねない。



 今回の事態は日本が自ら招いたものという指摘も侮れない。この間、安倍晋三首相は12・28合意で明らかにした謝罪内容を自身の口で話してほしいという日本の議員の要求や韓国人被害者に謝罪の手紙を送ってほしいという韓日市民社会の要請に対し、「毛頭考えていない」としてはっきり断った経緯がある。そのために韓国では12・28合意に対して、慰安婦問題を“最終的かつ不可逆的”に封印し、慰安婦問題を歴史から消し去ろうとする“忘却の合意”という非難が続いてきた。韓国ギャラップの世論調査によれば、合意直後の昨年1月には12・28合意を日本の謝罪と見るという比率が19%だったが、9月には8%まで減った。

東京/キル・ユンヒョン特派員

http://japan.hani.co.kr/arti/international/26160.html


ハンギョレのキル特派員はまだこんな寝ぼけたことを言ってるんですね。合意内容に含まれた努力義務を放棄したまま、合意内容に含まれていない要求をすれば断られるのは当たり前じゃないですか。韓国には逆ギレする資格なんかありません。

日韓慰安婦合意とGSOMIAについて、次期大統領候補たちは軒並み「反故」の意思を表明しています。
とくに日韓合意に関しては、安倍首相が「毛頭」発言する前から韓国国内では肯定的な世論が2割にも満たず、発言後はそれがさらに8%へ低下したと。
要するに合意が発表された当初から、日韓関係は実質的に破局していたわけです。8%がたとえ0%になったところで、何が変わるというのでしょう。

朴槿恵は任期の前半2年間で反日をやり尽くしました。新大統領がさらなる反日をアピールしたければ、それこそ捨て身の覚悟が必要です。次期大統領が合意破棄を宣言したところで、韓国が得られるメリットはほとんどありません。国際社会でイアンフガーを叫べる権利? 合意成立以前の朴槿恵が力の限りそれをやって挫折したことをもう忘れたのでしょうか。
諸刃の剣をむやみに振り回して自傷してきたのは韓国側です。いまの日本は「政府間合意で不可逆的に解決済み」の一本槍であしらえばいいだけです。

そういう情勢を理解しているのかいないのか、相変わらず妙な理屈をこねて日本政府の足を引っ張ろうとしている国内メディアがあります。

朝日新聞デジタル 2017年1月7日

(社説)韓国との外交 性急な対抗より熟考を



 少女像問題の改善へ向けて、韓国政府は速やかに有効な対応策に着手すべきである。日本政府が善処を求める意思表示をするのも当然だ。

 しかし、ここまで性急で広範な対抗措置に走るのは冷静さを欠いている。過剰な反発はむしろ関係悪化の悪循環を招くだろう。日本政府はもっと適切な外交措置を熟考すべきである。

 日韓政府間ではこれまでも、歴史認識問題のために関係全体が滞る事態に陥った。

 だからこそ、歴史などの政治の問題と、経済や文化など他の分野の協力とは切り離して考えるべきだ――。そう訴えてきたのは、当の日本政府である。

 少女像問題をきっかけに経済協議や人的交流も凍結するというのでは、自らの主張と行動が反対になる。今後の対韓交渉で説得力を失うものだ。

 韓国はいま、朴槿恵(パククネ)大統領の進退で揺れている。日韓の応酬が続けば、次期大統領選にも影を落とす。これまで慰安婦問題に関心を示さなかった候補予定者らも対日強硬姿勢をとることが予想され、少女像問題の解決はさらに遠のく恐れがある。



 日韓合意は、元慰安婦らの心の傷をいかに癒やせるかを双方が考え、知恵を出し合った結果であり、いまの両政府の関係を発展させる出発点でもある。

 この合意を侵食するような行動は双方が慎むべきだ。

 両政府は合意の精神を着実に実践し、両国民の理解を深めるよう心を砕いてもらいたい。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12736091.html?ref=editorial_backnumber



韓国側に大きな非があることを認めておきながら、日本政府のやり方にケチをつける。かといってどうすべきかという対案はまったく示さず、「熟慮しろ」「心を砕け」と曖昧な綺麗事ばかり。ほんと、役立たずですねえ。

>歴史などの政治の問題と、経済や文化など他の分野の協力とは切り離して考えるべきだ――。そう訴えてきたのは、当の日本政府である。

そりゃ、あの頃は韓国政府があらゆることに慰安婦問題をからめて日本との外交を拒否してましたからね。安倍政権としては、「対話のドアは開いている」のワンフレーズで門前払いを続けていてもよかったはずです。
けれど米国からの圧力とか安保政策とか、いろんな思惑から仕方なく譲歩したのがあの合意だったわけで。韓国側も日本の経済協力がほしいから合意に応じたくせに、みずからそれを踏みにじったのですから、こうなるのは自業自得。
ウィーン条約に抵触することを承知のうえで慰安婦像を黙認するのは、相手国の信頼を裏切る行為です。加害者である釜山市のイベントに、被害者である日本領事館がノコノコ出ていって愛想を振りまけるわけがありません。
スワップ協議の中止も領事館職員の交流ボイコットも、即効的な損害を与えるものではないんですから、韓国側は感謝すべきです。

>日韓の応酬が続けば、次期大統領選にも影を落とす。これまで慰安婦問題に関心を示さなかった候補予定者らも対日強硬姿勢をとることが予想され、少女像問題の解決はさらに遠のく恐れがある。

ハンギョレの「諸刃の剣だ!」と同じ理屈ですが、候補者のほとんどが対日強硬派であることを伏せて、ぬけぬけとこういうことを書くから朝日は信用を落とすのです。

韓国相手には、下手になだめすかすよりもガツンと抗議・報復したほうが良い結果を生むことは、今回の日本政府の措置を受けて韓国の保守系メディアが強硬主張を控えたのが何よりの証拠です。

中央日報なんか、1月4日には「釜山市は少女像を公共造形物に指定して日本の圧力から守れ!」なんて記者コラムを載せてたくせに、日本政府が対抗措置を発表したとたん「過去の清算も重要だが重要なのは国益だ」 と手のひらを返しました。こんな恥ずかしい真似をするメディアが大手を振ってのさばってる国って、救いようがありませんね。

オピニオンリーダーである新聞がこの有様なんですから、韓国世論は言わずもがな。本当に切羽詰まれば、手のひらを返す名分(=責任をなすりつける生贄)を勝手にでっちあげて、日本に擦り寄ってくるんじゃないですかね。

韓国政府が機能停止状態に陥っている以上、話し合いなんか何の役にも立ちません。日本は、これ以上「イアンフガー」を続けたら韓国にどんな実害が及ぶのかを、次期大統領候補たちに見せつけておくしかありません。

ムンジェイン氏やイジェミョン氏らは日本に決闘でもふっかけようかという鼻息ですが、彼らが心配すべきなのは「血糖」の方でしょう。
日本の左派メディアの優等生的な物言いは、ポピュリズムが進行する韓国を末期の糖尿病に誘う甘い罠です。反日で汚れきった血をどうやって透析すればいいのやら見当もつきません。

テーマ : 従軍慰安婦性奴隷制問題
ジャンル : 政治・経済

弁解を封じるな、論破しろ

牧村朝子さんというタレント&エッセイストさんの文章がインターネットのヤホーに載っていました。

南海電鉄「差別の意図はなかった」発言、マジ絶滅しろ
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161012-00002239-cakes-life

要約すると、
「他人に指摘されて「差別の意図はなかった」と弁解する人たちが多すぎる。自分を正当化することよりも、傷つけてしまった相手の痛みをどうするかを考えてほしい」ということです。

南海電鉄の件では、わたしはどちらかというとアナウンスした車掌さんに同情的な立場なので、巷の同志(ネトウヨ)たちはこのエッセイをどう批判しているだろうかと興味津々でコメント欄を覗いてみました。
がっかりしました。

tai***** | 2016/10/12 18:29
何だこの文章は、他をとやかく言えるレベルか?

pse***** | 2016/10/12 18:23
中身云々は置いといて、ブログじゃないんだから書き方考えなさい

mam***** | 2016/10/12 18:27
これほど読む価値のない魅力のない書き方ってあるんだなーと思ってしまうような文章でした。

*a*** | 2016/10/12 18:44
まずは貴方が絶滅して欲しい


などなど、文章の書き方に文句をつけてる人たちがほとんど。
個人的には、牧村さんの文章はずいぶんくだけた感じではあるけれど、エッセイならばむしろ上手な部類だと思います。
コメント欄で文句をつけている人たちは、癪に障るけど論旨についてはどう否定していいか分からないから、とりあえず罵声を浴びせたり文章に難癖つけてる感じ。
こういうレベルの低い反応が日本の立場をますます悪くするっていう大口歩也さんの嘆きには同感ですね。

コメントの中で唯一、わたしが共感したのがこれ。

ugg***** | 2016/10/12 18:50
今、脳内シミュレーションしてみたけど
クレーム客からせっつかれて、
英語が喋れない車掌が
日本人客にも気を使い、外国人客にも不快感を与えないよう、車内放送らしい言葉で即興で喋るのって結構大変だぞ
差別意識なんか無くて単に上手い言葉のチョイス出来なかっただけの人を追い込むヤツって想像力無さ過ぎだろ



そうなんですよね。牧村さんは、このコラムを書く前にどれほど車掌さんの立場になって考えたのでしょうか。

車掌さんが問題のアナウンスをしたのは、車内で乗客の一人が「外国人が多くて邪魔だ」と大声で言ったのがきっかけ。トラブルを事前に避けるため、その大声客を含め、不満を抱えているかもしれない不特定の(日本人)乗客の気持ちをなだめようとしました。その結果が

2016年10月11日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20161011/k00/00m/040/058000c

「本日は多数の外国人のお客さまが乗車されており、大変混雑しておりますので、日本人のお客さまにはご不便をおかけしております」という内容のアナウンス


だったわけです。

このアナウンスのどの部分がどういう理由で差別認定されるべきなのか、きちんと説明できる人がどれほどいるでしょうか。
少なくとも、このエッセイの中にそれらしき部分は見当たりません。
謝罪した南海電鉄側は「日本人でも外国人でも、お客さまに変わりはない。区別するような言葉はふさわしくない」と話しているそうですが、じゃあ乗客を性で「区別」して女性専用車両を設けるのはなぜ問題ないの? という素朴な疑問が湧いてきます。

「~~のためご不便をおかけしております」というフレーズは公共交通機関のアナウンスで日常的に使われているもの。例の車掌さんも、気が立っている一部の乗客をなだめたい一心で、使い慣れた言い回しを何気なく口にしてしまったのでしょう。
おそらく車掌さんは日本語しかしゃべれませんから、当然アナウンスは日本人乗客に向けたものになります。あえて「外国人」を強調したのは、「外国からのお客さまは日本に不慣れですから配慮してあげてください」という、おもてなしの精神を日本人乗客に求めようとしたものである可能性が高いでしょう。

このように想像力を働かせれば、常識的な人間ならあのアナウンスを問答無用で差別的と決めつけることに躊躇するはずです。
女性専用車両が「社会的弱者である女性を守るため」と正当化されるなら、あのアナウンスだって「日本に不慣れな外国人に対して日本人客の配慮をうながすため」という釈明が認められるべきでしょう。

…そんな解釈は車掌に好意的すぎる?
好意的でなぜ悪いんですか。最初から非好意的な先入観に基いて他人を差別主義者と決めつけるほうが、よっぽど重大な人格攻撃です。

でも、牧村さんは批判の手を緩めません。

今回の南海鉄道の件に関しても、「空港に向かう外国人客の荷物が大きくて邪魔だっていう実態を知らずに差別とか言うな」って車内写真をネットに上げている人がいたけれども、本当に無自覚だなあと思う。「荷物が大きい人が邪魔」という現実を「外国人客が邪魔」って色眼鏡で見てしまう、「すみませんが少し場所をあけてくれませんか」という対話すら試みず相手を見た目で判断しひとまとめにして「外国人客が邪魔」と晒したり叫んだりする、そういう自覚されがたい色眼鏡を私は、差別意識と呼ぶ。



この指摘は、最初に車内で「邪魔だ」と大声を出した乗客に対してはアリですが、車内アナウンスに対してはあたりませんね。混雑している列車全体をコントロールしなければならない車掌さんに個別対話を求めるわけにはいきませんから。
大きなスーツケースがひしめく車内の写真を見れば、地元の乗客がストレスを感じるのは無理のないことですし、事態をなんとかしたいと車掌さんが焦るのも当然だと感じます。
車内で「外国人は迷惑だ」と言い放った乗客は批判されても仕方ありませんが、それを穏便になだめようとした車掌さんも一緒くたにするのはかなり乱暴じゃないでしょうか。

牧村さんは、"「差別の意図はなかった」コレクション2016"として、南海電鉄のほかに志布志市のウナギ少女動画、中国の黒人洗剤CMなど3件の事例を列挙して「もっといっぱいあるけどなんか、もういいよね、という気持ちになる。」としています。
よくないですねえ。なぜ直近でもっと大きな話題になった「ワサビ」と「キム・チョン」騒動を挙げないのか。

市場ずしの職人に悪意がなかった可能性が高いことは、すでに本ブログでも指摘しました(過去記事)。
阪急バスの件では、乗車券を発給した若い女性職員は「チョン」を差別語だと知らなかったと証言しているとのこと(こちら)。

彼・彼女らの弁解すらも、牧村さんは「そんなものは保身だ!」と切り捨てるでしょうか。
そうですね、テレビ朝日の羽鳥慎一アナは切り捨てましたね。

Kstyle 2016年10月07日
http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=2054202

羽鳥アナが韓国人への差別発言に苦言「受け手側が感じたのならそれは差別」

チケットを販売した阪急バス側は、「(販売した社員は) 差別的に使用されるこの言葉の意味を知らなかった。また、たくさんの人を相手にするため、当時のことが思い出せないと話した」と立場を明かした。

今回の韓国人差別ニュースと関連し、羽鳥アナウンサーは「もし、社員に悪意がなかったとしても、それを相手が(差別と) 感じたなら、それは差別だ。気をつけた方がいい」と注意を促した。



すいません、ちょっと意味わかりません。気をつけるって、どこをどう気をつければ良かったんですか?
日頃から差別用語の知識習得に励むべきだったとでもいうんですか?

牧村さんはエッセイでこう畳み掛けます。

「差別の意図はなかった」っていうアレ、まじで、絶滅熱望。

傷つけちゃった相手じゃなくて、自分自身の保身に走る。「差別の意図はなかった」っていうアレは、まさにそれにすぎない。

「いじめじゃなくてかわいがり」
「パワハラじゃなくて愛情表現」
「虐待じゃなくてしつけ」
「暴言じゃなくていじり」

このへんの延長線上に、「差別の意図はなかった」がある。これらはみんな、「自分はこういう気持ちだったんですぅ」っていうアピールに走り、「傷ついたならごめんね☆」と謝るフリをしながらも相手のせいにする態度であると、私には思える。



暴力や暴言が行われていた事例を勝手に「延長」し、些細なミスや不幸な行き違いである可能性が高い事例まで「これらはみんな~~」と決めつける。これじゃあ、一部の犯罪者をあげつらって在日コリアン全体を叩くネトウヨと同類じゃないですか。

差別に敏感な人たちって、往々にして無神経&理不尽ですね。
「ワレワレは正義である、よって、なにが正義かはワレワレが決める」
「悪意のある奴はけしからん。悪意のない奴はもっとけしからん」
って臆面もなく言えちゃうんですから。

この手のバッシングは、企業相手に行われることが多いのも特徴です。企業はお客さま相手の商売ですから、文句をつけられたらとりあえず謝罪するしかありません。釈明はできても反論はほとんど許されません。
しかもサヨク的価値観でいうと、企業は"弱者を搾取し富をむさぼるブルジョアジー"ですから、叩く側は「お客様」「被害者様」「強きをくじく正義の味方様」という、三重の座布団の上にあぐらをかいて、左うちわで相手を叩くことができるのです。

「傷つく人がいることを想像しろ!」と叫ぶくせに、世間から叩かれて傷ついている真面目な労働者がいるかもしれないという想像は一切なし。そんな無神経な人たちに、他人を糾弾する資格があるんでしょうか?

「誤解を招いたなら陳謝する」とか「お騒がせして申し訳ない」といった言葉は、たしかに心からの謝罪とは言い難いところがあります。「あんたたちが勝手に誤解した」「世間が勝手に騒いだ」という裏の含意があるからです。
誰が見ても真っ黒なのに、こうした「謝罪もどき」で切り抜けようとする人や組織が多いことは事実。
一方で、ほとんど白に近いグレーなのに世間から猛バッシングを受けるケースだって少なくないわけで、その場合はこういうレトリックが「落としどころ」として機能します。
なぜ日本では、こんな奇妙な謝罪表現が発達したのでしょうか。その背景には、日本を支配する2つの暗黙のルールがあると思います。

1.非があるとされた側は言い訳(弁明)が許されない
2.事実関係はともかく、形だけでも頭を下げれば許される

弁明・釈明が嫌われる社会ですから、どちらに非があるかを決定するのは事実関係よりも場の空気。要するに、論争を嫌い表面的な和を尊ぶ日本人の価値観が反映されているのです。
接客業の現場で「ご不便をおかけしています」という言い回しが安易に使われているのも、牧村さんが「つべこべ言わずに無条件に謝れ、皆がそうすればハッピーになれる」と平気で言ってしまうのも、こうした伝統的価値観にどっぷりハマっているからじゃないでしょうか。

残念ながら、こうした日本的価値観は人類普遍のものではありません。むしろ世界ではマイナーな部類でしょう。日本人の中にだって相手を謝罪させることそのものに喜びを感じるモンスタークレーマーがいますし、海外には隙あらば日本人に「差別民族」のレッテルを貼りたがる人たちが多く住む国もあります。
日本的な「和」を尊重しない相手に安易に謝ればどうなるか、われわれネトウヨはその恐ろしさを痛感しています。

しかも、上記の2つのルールは相互補完関係にあるのに、牧村さんは1だけを肯定し2を否定しています。言論封殺社会の息苦しさを緩和するための潤滑油――レトリック的謝罪を全否定するのは、日本社会が必死で保とうとしている「和」を破綻させる自殺行為です。

差別を憎むのはけっこうですが、相手の釈明を「絶滅」させようとするのは暴力です。潤滑油にまみれたネトネトの世間が気に食わないなら、むしろ存分に相手に釈明させたうえで、その釈明のどこが論理的・倫理的に間違っているかを指摘し、完膚無きまでに論破することこそ、公正な態度ではないでしょうか。

・・・なんてのは、ほとんど中島義道の本に書いてあることなんですけどね。
『私の嫌いな10の言葉』

テーマ : 差別問題
ジャンル : 政治・経済

ウヨクとサヨク、「言論の自由」に自覚的なのはどっち?

「ネット上の争いでは、リベラルは99%負ける」 。
右からも左からも興味を誘えるいい見出しですね。

ハフィントン・ポストに出た、津田大介氏へのインタビュー記事です。
http://www.huffingtonpost.jp/2016/10/07/daisuke-tsuda-interview_n_12383414.html

ネット上ではウヨクが元気でサヨクは目立たないことをわたしも感じていましたが、自分の性行で閲覧ジャンルが偏っているだけなのかもしれない、と思っていました。
実感が現実とずれていないことを知ってほっとしました。

ネット上ではなぜ保守の方がリベラルよりも強いのか。津田氏によれば以下の通り。
  • 保守は「自分たちは言論を抑圧されている」という意識がある。だから自らの関心事について熱心に勉強し、自分たちの思想や目指すものを熱心に主張しようとする。
  • かたやリベラルは、テレビや新聞で依然既得権益を確保しているため、そこに安住して当事者意識がない。ITなど新しい伝達技術を敵視する傾向も強く、情報発信に不熱心。
  • そして両者が論争になれば、リベラルは「多様性の尊重」を理念として掲げている以上、保守の主張も多様性の一つとして認めざるを得ない。無理をして相手を否定しようとすると、欺瞞呼ばわりされてしまう。土俵が違うからほとんど勝ち目はない――というわけです。

筋の通った分析だと思いますね。わたしの実感に近いです。
リベラルの人たちの態度って、いろんな矛盾を含んでるんですよね。
自国の与党や首相を独裁呼ばわりしておきながら、本当に独裁をやってる他国にはやたら融和的な矛盾。
自国の与党や首相を説得することもできないのに、いざ他国に攻められそうになったら「対話すればなんとかなる」と信じて疑わない矛盾。
軍属が一人事件を起こしただけで「米軍は出ていけ」と逆上するくせに、コリア国籍者がいくら罪を犯しても総連や民団に抗議しない矛盾。
企業や国家を敵視するくせに、給与や福祉サービスはもっとよこせと要求する矛盾。
教授の椅子とか放送免許とか記者クラブとか押し紙とか、さまざまな既得権を握ってるくせに弱者の味方ヅラする矛盾。

彼らの仇である自民党も、党是と現実のはざまでいろんな矛盾を抱えていますが、それなりに実務をこなしていますから幹部たちの発言には説得力がある。実務を言い訳にできないサヨク野党こそ、主張を見直して矛盾を解消するなり、他者を説得できるだけの理屈を整えるなりしなければならないのに、あまりそこには関心がない感じです。

彼らが力を入れていることと言えば、「子どもたちの未来のために」「子育て中のお母さんたちは」「お年寄りがいきいきと」――なんてかったるい物言いで有権者に取り入るか、街頭で「米軍は出ていけ」「アベ政治を許さない」「9条を守れ」「日本しね」と騒ぎまくるかのどちらか。さもなければ日曜朝のテレビでインテリぶったおっさんどもがしたり顔で愚痴を言い合ってるイメージです。

このインタビュー記事のコメント欄に、典型的リベラルな感じの方の投稿がありました。
失礼ながら引用させていただきます。

現代の日本人は、自由や人権の尊重される世の中が、水や空気と同じく
「あって当たり前」
「どれだけ軽視しても絶対に壊れない不滅の秩序」
であると錯覚している部分があるのではないでしょうか
だからヘイトスピーチや、過激な国粋的、民族主義的、全体主義的思想を平気で主張する、あるいは黙認、追認する
自由や人権や平等を享受できる日本(少なくともその実現に邁進してき戦後日本)の当たり前の風景が、人類が過去流してきた大量の血と汗と、膨大な屍の上で、ささやかに実った果実であること、
このささやかな果実にすらありつけず今も世界中で血が流れ続けていることを今一度私たちは認識することが必要と思います
誰かを排斥したその次には、もしかしたら自分や家族が排斥の対象になるかも知れないという想像力が欠けているように思います
平和ボケという言葉はかつてはもっぱらリベラルの側に投げかけられるものでしたが、今では保守、右翼の人々に一層似合う言葉かも知れないと感じています



この文章、リベラルの多くは「そのとおり、いいこと言う!」と共感するでしょうけど、津田さんが言ってる「土俵が違うのでリベラルは保守に99%勝てない」のいい例だと思いますね。

>現代の日本人は、自由や人権の尊重される世の中が、水や空気と同じく
>「あって当たり前」
>「どれだけ軽視しても絶対に壊れない不滅の秩序」
>であると錯覚している部分があるのではないでしょうか

錯覚してるのはリベラルの方でしょう。桜井誠とかが「在日は出ていけ」と叫んでいるのは、このままでは日本人の自由や人権が外国人に奪われると危機感を抱いているからです。
日本人の自由や権利を守るためにも、いざとなれば血や汗を流すことも覚悟すべしと訴えているのです。

>誰かを排斥したその次には、もしかしたら自分や家族が排斥の対象になるかも知れないという想像力が欠けているように思います

思想が異なる他者を排斥し抑圧してきたのはおまえらリベラルじゃないか、というのが保守側の主張です。
総連や民団を批判するのは保守の自由。その保守を批判するのはリベラルの自由。そのリベラルを批判するのも保守の自由。
あとはどちらの主張が説得力を持つか、日本の国益にかなっているかを国民に判断してもらえばいい。
「差別だ」「民族主義だ」「ファシズムだ」――安易なレッテル貼りで保守の議論を封じ込めようとするリベラルは、「売国奴!」と連呼するしか能のない雑魚のネトウヨと同レベルです。ボス格である保守論客には勝てないでしょう。

極右wの安倍政権のおかげでヘイトスピーチ規制法が成立しましたから、「ヘイトスピーチをするな」という批判は正当です。けれどそれは相手の発言がヘイトスピーチであることをきちんと論証できることが前提です。国粋主義や民族主義に至っては、それに関連する主張が法律で禁止されているわけではありませんから、それらがどうして日本の不利益となるのかをきちんと指摘できなくてはなりません。あ、言っときますけど「軍靴の音ガー」は聞き飽きましたので。
考えてみれば、共産党が大きな顔をしていられるこの日本で、民族主義政党や全体主義政党が存在を許されない理由はないですよねえ?
……そういう面倒くさい議論に応じる気力と根性が今のリベラルにあるのかどうか。そこを津田さんは問題提起しているのだと思います。

特亜諸国の実態が広く知られるようになり、リベラルが弱体化してくれたおかげで、保守はだいぶ自己主張をしやすくなりました。言論の自由のありがたさを実感し、さらなる権利拡大を目指して張り切っているのはむしろ保守側なんですよね。
現実社会ではまだまだリベラルの圧力が強く、愛国的な言動はしづらいのが現実です。デモやイベントでもないのに旭日旗Tシャツなんか着て歩いてたらちょっとアレですもんねえ。

…そう、ぜいたくなんですよ。リベラルの皆さんが「日本しね」とか「安倍は人間じゃない、叩き斬ってやる」とか叫んでも平気でいられるのは。
そのうち、テレビや新聞でも保守がリベラルを凌駕すれば、「民族差別だ!」のレッテルパワーと「売国奴だ!」のレッテルパワーが逆転するかもしれません。
そんな世界が嫌ならば、リベラルのみなさんは、せめてわたし程度のにわかネトウヨは調伏できるようにがんばってほしいものです。

テーマ : サヨク・在日・プロ市民
ジャンル : 政治・経済

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