【日大アメフト問題】専制君主が要求するもの―内田国王の「闘争心」vsマスコミ皇帝の「誠意」

 アメフトには興味ありませんが、日大アメフト部の騒動は、社会問題として興味深いですね。
 マスコミや世間は「真実を語れ」と内田監督らを追い込んでいますが、試合の動画や当事者の発言を総合すれば、構図はとても分かりやすいもので、これ以上事実関係を追及したところで何も出てこないと思います。

 責任の所在は別として、日大アメフト部の当事者たちは誰も悪意(相手QBへの加害の意図)がなかったんでしょう。

 報道から事実関係を整理すると、大体次のようになるのでしょう。

 アメフトの世界では総じて荒々しい言葉遣いがされることは、多くの識者が言及しています。「つぶせ」は頻繁に使われる言葉であり、普通は「思い切り当たれ」といった意味で使われるということは共通認識のようです。

 日大アメフト部は上下関係の厳しいスパルタ式であり、そのおかげで2017年に学生日本一になったという実績もあって、内田監督や井上コーチの発言・指示は絶対的な力を持っていました。選手は完全な従属を求められていたわけです。
 宮川選手は日本代表にも選ばれるほどの有力選手であり、監督やコーチは大きな期待を寄せていました。一方で、指導陣は彼のメンタルの弱さ(?)に不満を抱いており、彼を精神的に追い込んで鍛え上げようとしました。

 宮川選手は4月以降、監督やコーチから「やる気がない奴は辞めろ」「練習にも試合にも出さない」「日本代表に行っちゃダメだ」などと厳しく叱責され、実際に練習を外されたりして精神的に追い詰められていました。

 5月6日の関学大との定期戦で、日大の指導陣は勝つことだけでなく(勝つことよりも?)宮川選手の闘争心に火をつけさせることを重点課題としていました。いわば「宮川を漢にしてやる」「一皮剥かせてやる」みたいな感覚だったと想像します。
 そのために「アライン(守備位置)はどこでもいいから相手のQBを1プレー目で潰せ」と命じ、「相手がけがをすればこっちの得だろう」と畳み掛けました。過激な表現ではありますが、ルールに則ったプレーをしていれば相手にけがを負わせても責任を問われることはありませんから、それくらいの心意気で行け、という意味でのハッパだったのでしょう。
 そして宮川選手の「リードをしないで(試合の流れを無視して)突っ込みますよ」という言葉に「思い切り行ってこい」と応じ、「できませんでしたじゃ済まされないぞ」とダメ押しをして送り出しました。

 動画を見る限り、この試合の1プレー目というのは、開始のホイッスルが鳴ってからたったの5秒間程度でした。この間に特定の相手を潰す(=強烈なタックルを決める)のはかなり難しいことです。しかも、相手がボールを持っている間に行わなれば反則になってしまいます。だからこそ、宮川選手にはアラインもリードも無視していいという特権が与えられたのです。この時点で、「選手は試合に勝つために全力を尽くさなければならない」というスポーツの常識とはかなりの乖離が生じていました。ただし日大にとって関学大との定期戦は練習試合のようなものだったとすれば、そういう方針もべつに異常なことではありません。

 当然ながら、宮川選手には1プレー目で理想的なタックルを行うチャンスがありませんでした。それでも「できませんでしたじゃ済まされない」の一心で、彼は反則であることを承知で無茶なタックルを敢行しました。勝負やフェアプレーよりも、指導陣に自分の闘争心をアピールすることを優先したのです。

 宮川選手の無謀な行動は、勝利のためには有害でしかありません。実際、井上コーチは2プレー目の後で宮川選手に「キャリアに行け(ボールを持った相手にタックルしろ)」と指示を出します。「無茶はもういいから通常のプレーに戻れ」という意図だったのでしょう。けれど冷静さを失っていた宮川選手は理解できず、さらに反則を重ねて退場になりました。

 指導陣は、彼のがむしゃらさに一定の満足を得たのでしょう。退場してきた宮川選手を叱ることなく迎えました。内田監督は試合後に、報道陣に対して「選手も必死。あれぐらいやっていかないと勝てない。やらせている私の責任」と発言しましたが、ここにも監督の満足感がにじんでいます。「あんな無茶な反則をしてまで指示を実行しようとするなんて、見どころのあるやつだ」と思っていたに違いありません。

 日大指導陣は、宮川選手に反則をさせたかったわけではないし、相手QBを怪我させたかったわけでもありません。あくまで宮川選手を「成長」させることに重点を置いていたのです。
 一方で、選手が少しくらい反則したって構わないと思っていたし、相手選手の安全性をまじめに考慮することもありませんでした。また、教え子の「成長」といっても、フェアプレー精神に溢れたスポーツ選手というより、闘争心に溢れた「兵士」としての成長を期待したものであり、選手個人の人間性を尊重する意識に欠けていました。ただ、そうした指導で宮川選手が強くなり、日大が強くなって甲子園ボウルを連覇できれば、結果オーライだったのです。
 ところが、反則行為の動画がネットにアップされて炎上し、事態は最悪の状況に転落しました。

 問題が大きくなって宮川選手が退部を申し出た時、かつて「やる気がないなら辞めろ」と言っていたはずの監督やコーチは、必死になって彼を引き止めました。「辞めろ」なんて言葉は彼を発奮させるための方便であり、ようやく漢になった主力選手に去られてしまっては、元も子もないのですから当然のことです。

 宮川選手はもともと井上コーチから「おまえは優しすぎるからダメなんだ」と言われるような性格です。自分の反則が大騒動に発展し、自分もバッシングを受ける中で、部を辞めることも被害者に謝罪することも禁じられて悶々としていました。さらに19日の内田監督の謝罪会見で、すべての原因は自分の勘違い、暴走のせいだと突き放され、指導陣への信頼を失いました。そして捨て身の覚悟でみずから会見を行うことを決断したのです。

 彼の謝罪会見を、世論も関学大も「事実を語ってくれた」と絶賛しました。彼の証言が本当にすべて事実かどうか、厳密に裏取りした人はたぶんいませんが、試合直後の内田監督の発言や他の日大選手の発言などと矛盾せず、何より被害者や世論の感情にしっくりくる会見だったことから、世論は一気に宮川選手の味方になり、内田監督への風当たりはますます強くなりました。

興味深いのが、内田監督とマスコミ世論はものごとの考え方の土台がとてもよく似ていることです。

「宮川選手は反則をしたが、その闘志はすばらしい」(内田)
「宮川選手は反則をしたが、謝罪の態度はすばらしい」(世論)

 どちらも「反則は悪いことだが、より高次元の価値を実現すればいくらでも挽回できる」「その価値は、言葉や理屈ではなく態度で示さなければならない」という信念に基づいています。

 それぞれの国にはそれぞれの国是があります。うまく棲み分けられているうちはいいけれど、何かのきっかけで国境が崩れれば、弱い国は強い国の価値観を受け入れなければなりません。

 内田王国の領内では、安全性とかフェアプレーなんてキレイゴトを言っても通用せず、求められる至上価値は「闘争心あふれるプレー」です。
 かたや記者会見場では、「反則しろとは言ってない」「怪我をさせろとは言ってない」「選手の成長のためだった」なんて弁解は、たとえそれが事実だったとしても通用しません。すべての批判を無条件で受け入れて腹を切ることが、敗戦国の君主に期待される身の処し方なのです。世の中はけっきょく問答無用弱肉強食の世界であり、権力者の期待に応えられるか否かだけが問われるのです。

 宮川選手はつねに内田陛下や井上騎士団長の顔色をうかがわなければならない一兵卒の立場でしたから、世間帝国に飲み込まれたあとは新しい価値観にうまく順応し、見事な謝罪会見をして株を上げました。
 しかし内田監督は、狭いながらも一国の君主だっただけに、世間帝国皇帝マスコミ陛下の前でどんな態度をとればいいか分からず、いまや社会的に抹殺されそうになっています。

 この構図って、いろんなところで見かけますよね。野党のみなさんがモリカケなど安倍政権の一連の問題と重ねたくなるのも無理ないような気がします。
 籠池や加計は学校を作りたくて無我夢中。安倍政権は規制緩和のためにあの手この手。安倍夫人は無邪気な善意にまっしぐら。財務省はそんな彼らに振り回されて四苦八苦。みんな、それぞれの立場で一生懸命でした。当事者でありながら腹をくくって内幕を暴露し、野党やマスコミの寵児となった籠池さんや前川さんは、宮川選手とよく似たポジションです。
 内田監督も安倍首相も、明確な反則指示や私利私欲といった後ろめたいことがないからこそ、強気な態度を捨てられずに世論を敵に回しています。ただしモリカケ合戦では、安倍政権与党軍と野党・左派マスコミ連合軍との間に力の差があまりないため、国民がうんざりするほどの膠着状態が続いています。

 日本と特アの歴史認識問題も似たようなものですね。韓国は現代の価値観に基づいて戦前の日本を否定し、「反省していない」という理屈で現在の日本をも攻撃し一定の成果を挙げました。それでも日韓の力関係をひっくり返すほどの威力はなく、道義面の謝罪やアジア女性基金、日韓合意などを勝ち取るのが精一杯で、これも膠着状態に陥っています。


 現在、マスコミやコメンテーターたちは寄ってたかって日大を批判していますが、彼らだって程度の差こそあれ、それぞれの内部に小さな王国を抱え、その中でのみ通用する価値観と階級構造を持っているはずです。
 そういうことを棚に上げて、ことさら感情的に日大を懲らしめようとすれば、「正義の鉄槌」がブーメランならぬトールハンマーになって戻ってくるかもしれません。万が一、STAP細胞騒動の笹井教授みたいな後味の悪いことになったら、誰が責任とるんですかね?
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SBCの大株主には新聞法4条が必要だw

 放送法4条をめぐる論議は、政府の規制改革推進会議の答申では撤廃を明示しない方針が示されたということで、嵐が過ぎた感があります。テレビだけでなく新聞すらも4条撤廃反対キャンペーンを張っていましたが、これほど頑強に自縄自縛を望む日本のメディアはどれほどマゾなんですかって話ですよね。

4月15日の信毎社説の前半を以下に要約します。

信濃毎日新聞 2018年4月15日社説
http://editorial.x-winz.net/ed-64524

あすへのとびら
テレビの公平原則 撤廃は国民の分断招く

 昨年秋、テレビを自称するインターネットサイトが安倍晋三首相を出演させて彼に持論を一方的に語らせる番組を流した。安保政策、経済、拉致問題…。首相は約1時間にわたり持論を展開した。
 放送法が適用されないからといってこんな偏った番組を流すメディアは無責任である。
 放送法4条は放送局に対し政治的公平のほかに、▽報道は事実をまげない▽意見が対立する問題ではできるだけ多くの角度から論点を明らかにする―などを求めているが、安倍政権はこれを撤廃しようとしている。

安倍政権はこれまで放送法4条を根拠に放送への介入を繰り返してきたが、これは許されないことだ。放送局の自律は最高裁も認めている。番組に問題があるときは、業界で作る放送倫理・番組向上機構(BPO)が自主的に判断する。その仕組みを支えているのが4条だ。



法律の権威は欲しいけどそれに縛られたくはない、何が適法かは自分たちで決めるから口出しするな――。要するにそういうことですよね。こんな身勝手なことを言う連中に、バーゲンセールみたいな値段で電波を独占させておいていいんでしょうか。

元アナウンサーの長谷川豊氏(日本維新の会)がこんなことを述べていました。

2018年03月30日
http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/51762936.html
放送法4条撤廃の動き?違うだろ。放送法4条には罰則をちゃんと設けるべきだ。



テレビの客は視聴者じゃない。
スポンサー様だ。
実際に顧客契約書も結んでる。

テレビ局ってのは新聞と全然違う。
新聞はジャーナリズムだ。言いたいことを主張するのだ。なので朝日も産経もあれでいいのだ。
が、テレビは違う。テレビは…

「番組」という「撒き餌」をばらまいて、寄ってきた「大衆」に「CMを見せる」事業形態のことを言う。

だが独占の権利を持っているし、明らかに優遇されている商売形式なので縛りもあるのだ。それが放送法4条。

政治的に中立に。
多々ある議論は並列で。

これが視聴率稼ぎに走っているテレビ朝日やTBSが守っていないことが問題なのだ。明らかに政権批判が多すぎる。

大事なことは放送法4条に罰則規定を設けて、ああいった視聴率稼ぎのために「不安だけをあおり続けるテレビ局」から独占放送波を取り上げることなのだ。

やめろと言ってるんじゃあない。
バランスを欠いた放送は「法律違反だ」と言ってるのだ。
なので「法律を守れ」と言ってるのだ。
全然守らないから「罰則を作れ」と言うのが私の前回の選挙の時からの持論だ。

周波数オークション法案を設け、まず正常な競争原理の中にテレビ局を置き、その上で4条の罰則をきちんと設ければ日本の放送はかなりマシになる。もちろんBPOは解体。全然機能してない。そもそも「法律違反」という案件は検察と裁判所が対応するのが普通。



 今回の信毎の社説は、ごく少数の企業が公共の電波を独占している事実や、テレビ局は政治以前にスポンサーの影響を受けざるを得ない事実にまったく触れていません。

 正直言って、現在のテレビが公平で事実に即した放送をしてると信じている人がどれほどいるんでしょうかね。ひな壇に整形顔が並ぶバラエティ、嘘くさいドラマ、詐欺まがいのCM、偏った主張を繰り返す解説者…。そんな番組を垂れ流しているテレビ局が「4条が撤廃されたら自律できない!」なんて叫べば、長谷川氏のように「だったらむしろ罰則が必要じゃね?」という声が力を持ってくるのは当然の流れのように感じます。

以下、信毎社説後半の一部を要約せず引用。

 米国は30年ほど前、言論・報道の自由を定めた憲法に反しているとの理由で放送の公平原則を廃止した。その結果どうなったか。

 米ギャラップ社の昨年の世論調査結果が興味深い。マスメディアを「信頼する」と答えた人は、全体では41%だった。支持政党別に見ると民主党支持者は72%が「信頼する」と答えたのに対し、共和党支持者は14%。主要メディアとトランプ共和党政権との対立が数字に反映している。

 そんな中で、大統領を支持する保守系メディア傘下の193局のキャスターらが主要メディアの「偏向報道」を一言一句変わらぬ言葉で批判する問題も起きた。テレビを使ったプロパガンダ、政治宣伝だとの批判を呼んだ。

 メディアの機能の一つにフォーラム(討論の場)がある。国民に考える材料を提供し、議論を深めてもらう。その役割を果たすには公平原則が不可欠だ。4条が廃止されてテレビが党派色を強めれば国民の統合どころか、分断を加速する結果を招くだろう。



社説は共和党支持者がトランプのメディア攻撃に踊らされてマスメディアを疑るようになっている、と言いたげですが、同世論調査を分析したガベージニュースによると、共和も民主も支持しない「中立派」層のメディア信頼度も年々低下しているとのこと。
→ガベージニュース「下落を続ける米国内のマスメディアへの信頼感、直近では信頼派は32%のみ」

そもそも、この世論調査が取り上げたのはテレビの信頼度ではなく、ラジオや新聞も含めた「マスメディア」の信頼度です。要するにアメリカ人は新聞も信用していないということ。それがあたかも30年前の放送法改正の影響であるかのように書く信毎は印象操作と言われても仕方ないんじゃないですかね? 本気でメディアの信頼度を回復したければ、「新聞法4条」も必要なんじゃないですかね?

 結局、既存のマスコミが藪蛇のリスクを冒してまで4条撤廃を阻止しようとするのは、放送の世界に市場原理を持ち込まれたくないからでしょう。公平原則に縛られない新聞までが足並みをそろえるのは、新聞がテレビ局の大株主だから。信濃毎日新聞だってSBC信越放送の筆頭株主(17.6%)ですもんね。

わたしのような素人でも、ネット検索すればこういう「裏側」を知ることができるのですから、そりゃあ既存のマスコミが信頼を落とすわけですよ。彼らも自分たちが信用されていないと自覚しているからこそ、なおのこと法律という権威にすがりたがるのでしょう。
本当にジャーナリズムとしての矜持があるなら、「放送法4条撤廃けっこう。我々には表現の自由を保障した憲法と、我々みずから策定した崇高な放送倫理綱領がある!」と胸を張ればいいだけなのに。

テレビ朝日なんか自社の記者からも信用されず、公平原則に縛られない週刊新潮に福田事務次官のセクハラ問題をスクープされてしまう事態となりました。セクハラ発生時にみずから公表するどころか、記者の配置換えなどの対策をとることもなく、リークされた後になって財務省に抗議する厚顔無恥。エロ役人に若い女性記者をあてがって情報を獲ろうとした自分たちも加害者だってことを、まったく自覚できていないようです。

信毎の社説も、最後の段落でとってつけたようにテレビの問題点を指摘しています。

 誤報、やらせ、取材の行き過ぎ…。視聴者がテレビに向ける目は厳しい。放送が信頼されるには役目の自覚と自律の努力が欠かせない。それなくしては政治からの圧力以前に、国民から見放されてしまう。放送法見直しの動きはテレビのありようも問うている。



 言ってることはもっともらしいですけど、市場経済にさらされたら低質なフェイクニュースにすら勝てないと自白しているような既存テレビに、一体何を期待しろっていうんでしょうか。

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「普遍的人権」と輸出競争を同列に語る韓国メディアの本音

2018年01月25日の中央日報日本語版に、「美しい復讐、真の克日の道」というコラムが掲載されていました。
執筆者は韓国経済新聞のイ・ハクヨン論説室長ですが、復讐とは穏やかでありませんね。
いったいどういうつもりでこんな言葉を使うのか、興味がわいたので読んでみました。

コラムはまず、欧米人の警句を次々と引用します。

ナンシー・アスター「あなたの成功に対する対価はあなたを無視してきた人たちが支払う」
ユダヤ人の格言「立派な生き方をせよ。それが最大の復讐だ」
カント「最大の復讐は復讐の対象よりも幸せになることだ」
リンカーン「犬を殺しても咬まれた傷は治らない」
マーク・トゥエイン「怒りとは酸である。注ぐ相手より蓄える器をより浸す」

要するに、慰安婦問題でいつまでも日本に怒りをぶつけていてもラチが開かない、韓国が日本よりも幸せな国になれば、おのずと復讐=自己回復は成し遂げられるのだ、というわけです。

 独立後、60年以上も慰安婦問題で日本からまともな謝罪を受けられない我が国の現実は最悪だ。安倍首相は平昌五輪に出席すると言いながら、韓国政府に慰安婦少女像の撤去を要求すると宣言した。より緊急性があるはずの北朝鮮問題すら後回しする勢いだ。

 過去の問題は両国の国内問題と絡んでおり速やかな進展は期待しにくい。こんなときこそ、「真の復讐」を思い出すべきだ。

 壬辰倭乱後の朝鮮とは違い、日本の植民残滓を踏んで建国した大韓民国は、少なくない分野で日本と肩を並べたり上回る成果を出した。世界市場で日本企業を圧倒しているサムスン電子とLGエレクトロニクスの製品がそうであり、日本の真ん中で注目を集めている飲食品、K-POP、化粧品など韓流文化商品がそうだ。まだ不足しているが、真の克日の道を確認させる。韓国社会のより多くの分野で日本が認めざるを得ない力を蓄積していくことが強く求められる。政府が率先して取り組むべき重要な宿題だ。「積弊清算」を越える大きな絵が必要だ。



日本人であるわたしは素朴な疑問を抱きます。慰安婦問題と韓流商品との間に、一体何の関係があるのでしょうか。

韓国は慰安婦問題を「女性の人権に関する人類普遍の問題」として世界に訴えてきたはずです。韓国人自身も、「我が国は日本よりも道徳的に甲である」との信念があったからこそ、あれだけしつこく日本に謝罪を要求してきたはずです。

慰安婦問題が人権問題であるならば、韓国が自己回復のために日本と競うべきなのはスマホでも芸能でも化粧品でもなく、やはり人権という土俵のはずです。その国(の人や社会)が、どれほど人の命と心を大切にしているかを競わなければ、過ちを二度と繰り返さないことを祈るために建てられたはずの慰安婦像も存在意義がありません。

人権レベルの高低は、犯罪や事故の発生率、自殺率、モラルやマナーの浸透度、他者への献身度、過去と向き合う姿勢など、さまざまな指標で判断されることになるでしょう。これらの点で、韓国はどれほど日本を上回っている、もしくは上回ろうと努力しているのでしょうか。

多くの犠牲者を生む事故や火災を繰り返しながら、その教訓を生かさず政争に利用してばかりの自国を、中央日報の論説委員も嘆いています。

【時視各角】事故の度に駆けつけ謝る大統領=韓国(1)

日韓どちらが人権レベルで優っているのかをここで論じるつもりはありません。ただ、輸出競争での勝利が「真の克日」であり、それが日本の「真の謝罪」と同等以上の価値を持つと韓国人が認識しているのだとすれば、韓国人が口にする「人権」とか「真の」とかいう言葉も、所詮その程度の重さしかないということです。


テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

五輪後に試練が待っている文在寅

左派系のメディアや言論人がこぞって「安倍首相は平昌五輪に出席すべきだ!」と訴えています。

毎日新聞社説「平昌五輪開会式と首相 むしろ出席した方がいい」
https://mainichi.jp/articles/20180112/ddm/005/070/115000c

東京新聞社説「安倍首相は大局に立って、開会式への参加を表明すべき」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018011902000167.html

古賀茂明「安倍首相が参加しないと日本は世界から孤立する」
https://dot.asahi.com/dot/2018011400012.html

リテラ「五輪の開会式に出ないなどと恫喝し、慰安婦問題を葬ろうとする安倍政権は異常だ」
http://lite-ra.com/2018/01/post-3734.html

彼らは口をそろえて「五輪に政治を持ち込んではならない」と訴えていますが、だったらなおさら日本の政治家が参加する必要ないじゃないですかw

日本のサヨクの訴えを尻目に、ホストである韓国は日に日に平昌五輪の政治利用を露骨化しています。平和友好の美名のもとに自国の選手を政治の力で抑えつけて南北統一チームを結成した強権ぶりには、韓国国内からも批判が上がっています。平気でそんなことをする政府が、日本に対しては「当事者の意見をないがしろにして政治決着を試みた」などといって慰安婦合意を無視するのですから、お家芸とはいえつくづく見事なダブルスタンダードです。

スポーツイベントで南北融和を演出したところで、核やミサイル問題の解決にならないことは左派系メディアも認めるところ。

前述の東京新聞社説より。

…このままなら、「北朝鮮は平昌五輪にただ乗りし、金氏王朝を宣伝する舞台に変質させようとしている」という韓国紙の批判にも同意したくなる。一方の北朝鮮側は、朝鮮半島の非核化に関する議論には応じず、逆に十七日付の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は「関係改善に障害をつくり出す」として、韓国に対し平昌五輪・パラリンピック後の米韓合同軍事演習について、中止するよう要求した。

五輪には協力するが、望まない話には応じない。対価はよこせという姿勢が露骨だ。それでも、今の和解ムードまで否定すべきではない。北朝鮮は外部との対話が続いている間は、挑発行動を控える傾向がある。また、より多くの北朝鮮の人が韓国に来て現状を見れば、意識も変わるだろう。非核化に関する議論も早急に始め、本当の緊張緩和につなげてほしい。

【太字引用者】

 要するに、五輪を通じた関係改善なんてその場しのぎでしかないけれど、その場しのぎができるだけでもありがたい、ということですね。核問題にまともに向き合う気力がゼロ。

「より多くの北朝鮮の人が韓国に来て現状を見れば、意識も変わるだろう」とのことですが、北からいらっしゃる皆様がどんな方かといえば、その代表が金正恩の元カノとも噂される、いかにもセレブなこのおばさん。
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http://japanese.joins.com/article/754/237754.html
 選手はもちろん、応援団も管弦楽団もみんな金正恩体制下でエリートの地位を獲得している人たちなんですから、彼らの意識が変わることを期待するのはアホですし、そんな「草の根変革」に期待して北朝鮮を甘やかしてきた結果が現在の核ミサイル危機なわけで。

 信濃毎日新聞すらも、平昌五輪に対して冷め切ったコラムを載せていました。2018.1.22付1面の「斜面」で、南北統一チームの過去について触れたうえで、次のように述べています。

かつてのような期待感は持ちにくい。来月の平昌五輪の開会式で統一旗を掲げて合同入場行進することを国際オリンピック委員会(IOC)が承認した。…合同での行進やチーム結成は、韓国の文在寅大統領が提唱してきた。急展開は、年明けに金正恩朝鮮労働党委員長が五輪参加に言及したのが発端だ。核・ミサイル開発をやめようとしない北朝鮮である。国際包囲網の分断を狙ってのことではないか◆バッハIOC会長は「五輪精神が全ての人をつなげた素晴らしい日だ」と自賛し、北朝鮮が参加する意義を強調している。韓国は南北関係改善につなげようと考えているものの、北朝鮮の出方は見通せない。せっかくの「平和の祭典」が政治利用によって興趣をそがれるとすれば残念である。



 日本の自称リベラル派にもこういう認識が広まってしまった平昌五輪に、わざわざ安倍首相が出席しなければならない理由はありませんね。たとえ韓国に恩を売るつもりで参加しても、相手は「よっしゃ、安倍も合意無効を受け入れた!」と都合よく解釈し、ますます調子に乗るだけですから。

 文在寅政権にとって、平昌五輪は大きな賭け、しかも分の悪い賭けです。五輪が開幕する前から、強引な南北合同チームの結成をめぐり、韓国の若者の反感を買っただけでなく、日本やスイスなど対戦国からも白い目で見られてしまうことになりました。IOCと国際アイスホッケー連盟の決定によれば、平昌五輪の女子アイスホッケーでは、南北合同チームのみチームエントリーの人数を35人にするとのこと。対戦する他国より12人も多いのですから、露骨なえこひいきと言われても仕方ありません。

 かといってその分だけ強くなるのかといえば、実力の低い北朝鮮から選手を入れた急ごしらえのチームなのですから、むしろ戦力は弱体化するリスクが大。さらに韓国選手の士気が下がっているとの報道もあるくらいです。まして日本に惨敗、しかもその敗因の多くが北朝鮮選手のプレーだったりすれば、韓国世論は一気に沸騰するでしょう。

 今回の五輪は強国ロシアが不参加のうえ、もともと韓国はさほど冬季スポーツが盛んとはいえないお国柄。スピードスケートの李相花はこのところずっと小平奈緒に勝てていませんし、お家芸であるショートトラックでは暴行事件が発生して有力選手が脱走するやらコーチが職務停止になるやらの騒ぎを起こしています。
 韓国は、名誉のかかった競争となると日本以上に目の色が変わるお国柄です。韓国民にとって五輪の「成功」とは自国がたくさんメダルを取ることに他なりません。選手や運営へのプレッシャーは並大抵のものではないでしょう。五輪本番で彼らが何をやらかしてくれるのか、日本の嫌韓ネトウヨは固唾を飲んで見守っています。

 五輪が終われば、米国は延期していた米韓合同軍事演習を再開しようとするでしょうし、それに北朝鮮が反発するのは必至。核実験やミサイル発射がいつ再開されるか分からない状況に戻ります。
文在寅が「平和五輪」の成功に向けて北朝鮮に譲歩すればするほど、五輪後に緊張がぶり返すことで、彼の無力さ、みっともなさが際立ってしまうのです。韓国は存在感・発言権を失うばかりか、「韓国の左派大統領すら対話に失敗した。もはや外交的解決はありえない」と、トランプに北爆への口実を与えることにもなりかねません。

 また、五輪の熱狂が終われば、財政収支はどうだったのか、施設の後利用をどうするのかといったシビアな問題にスポットライトが当たることになります。冬季五輪が黒字になることはありえませんから、招致は本当に必要だったのか、責任をだれがとるのかといった内輪もめが始まる可能性も大きいでしょう。
 後に、「2018年の平昌五輪こそ文在寅大統領のレームダックの始まりだった」…なんて語られることになるかもしれません。

 かたや日本では、2019年新天皇即位、2020年東京五輪と、ビッグイベントが相次ぐスケジュール。関連の式典には、ぜひ韓国の大統領も招待してあげてほしいと思います。

 
 

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「駄目だコリア」を理屈抜きに実感させる金慶珠

 日韓問題を巡るテレビ討論が行われるとき、必ずといっていいほど登場するのが東海大学教授の金慶珠氏。本人やテレビ局はどこまで意識しているか分かりませんが、彼女こそ2012年以降の嫌韓ブームを牽引してきた最大の功労者の一人だと思います。桜井誠や竹田恒泰がどんなに騒いでも、彼女の「話術」には及びません。

 彼女は独特の鼻声で、流暢な日本語を淀みなく喋ります。ペラペラペラペラペラペラペラペラ、壊れた蛇口のようにいつまで経っても止まりません。司会者や他の出演者が割り込んでストップさせても、しばらくすると『この人たち、なんにも分かってないわね』とでも言いたげな表情で「あの~」と口を挟み、また抑揚のない言葉を早口でペラペラペラペラペラペラペラペラと垂れ流し始めるのです。
 一体何を熱弁しているのかとようく聞いてみると、内容のほとんどは事情や経緯の説明です。前知識として有用なものもありますが、すでに皆が承知していることだったり、必ずしもいま聞いておく必要があるとは思えないものがほとんど。いつになったら結論――彼女自身の分析や見解、主張が述べられるのかと聞き手は辛抱強く耳を傾けますが、それが語られる前に彼女の話題は別の方向に逸れ始め、いつまで経っても終わりません。業を煮やした司会者が割って入り、何やら不満そうな金氏は次のスピークの機会をうかがう、その繰り返しです。
 ときどき、彼女が主張めいたものを開陳することもありますが、韓国側を擁護するための強引な論法を使うことが多く、他の出演者から袋叩きに遭うのが「お約束」になっています。

 日本のテレビ討論番組に登場する韓国人は顔ぶれが限られており、しかもその多くが在日。「韓国生まれ韓国育ち」の金慶珠氏は貴重な存在であり、我々日本人にとっては「生粋の韓国人」の代表的存在です。
 しかし彼女のスピークは聞き手をウンザリさせ、「この人とまともな議論はできそうにない」と実感させます。彼女はそうした相手の感情や場の雰囲気をまったく理解できていないようです(もし自覚的にやっているとすれば、彼女は嫌韓ネトウヨのために働く工作員の可能性が大です)。

 相手に構わず一方的にまくしたてる、長々としゃべってるわりに大したことは言っていない――要するに韓国人は自己中で薄っぺらい人たちなんだというイメージを、金慶珠氏は日本人の脳裏にせっせと刷り込んでいるのです。

 そういえば、韓国の言論界や学界では持って回った長ったらしい文章で箔をつけるのが伝統だと聞いたことがあります。実際に韓国メディアのコンテンツには、やたら文字数が多い割に何が言いたいのかよくわからない社説やコラムが散見されます。
 先日発表された日韓合意の「新方針」も、あやふやで矛盾だらけの無様なシロモノでした。

 こうして、まことしやかにネットに流布する「韓国人の扱い方マニュアル」の説得力は補強されていくのです。「韓国人の話は聞くな。どうせ大したことは言ってない」。

 早くまともな生粋韓国人論客が登場しなければ、日韓関係はますますねじくれていくことになるでしょう。
 わたしはネトウヨですから日韓関係がねじくれるのは一向に構いませんが、あの人は純粋にウザいですからね…。

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