「争点じゃなかった」と負け惜しみする護憲派サヨクの自虐ぶり

 参院選が終わったら案の定、左派野党やそれを支持するメディアが叫び出しました。
「改憲勢力が3分の2を占めたからといって、国民の信任を得たとはいえない! なぜなら自民党は憲法問題を選挙の争点にしなかったからだ!」

 確かに自民党は今回の選挙で声高に憲法改正を訴えることはありませんでした。さらに、多くの世論調査では「改憲不要」との声が過半数を占めている状況です。
 かといって、野党側が「与党が争点にしなかったから改憲問題はノーカンな」と言っちゃうのは、あまりにも自虐的な気がします。
まるで選挙の争点は政権与党から一方的に与えられるものであり、自分たちには問題提起する力も資格もないのだとみずから認めているに等しいからです。
 
 だったら彼らは何のために選挙期間中はあれほど喉を枯らして「安倍に騙されるな!」「憲法問題こそ本当の争点だ!」と声を枯らしていたのでしょうか。信濃毎日新聞だって何度も憲法関連の特集を組み、自民党の憲法草案にダメ出ししまくる連載までやっていました。
 「自分たちの力不足で訴えが届かなかった」と反省するのならともかく、一方的に与党側に責任を丸投げする態度がどれほど見苦しく不様であるかを、知的エリートであるはずの政治家やマスコミの皆さんは理解できないのでしょうか。

 そんな無責任な人たちのことですから、もし野党聯合(←誤変換わざとw)が勝っていたら、彼らは与党側の姿勢に関係なく「護憲の精神が国民に支持された!」と勝ち誇っていたでしょう。

 今回、改憲勢力に投票した人たちが、憲法改正論議のことを何も知らなかったなんてことは考えられません。もし知らなかったとすればその人は選挙関連の報道・話題に接したことがなく、政治に何の興味もない人―たとえば知人から依頼された候補に唯々諾々と投票するようなタイプのはず。そんなゾンビ有権者のことは議論の対象にするだけ無駄というものです。
 与党に投票した人たちを現実的視点から分類すると、
①改憲賛成派
②どうせ改憲なんかできっこないとたかをくくっている派
③改憲問題に重要性を感じていないorよくわからない派

 の3パターンに分かれるでしょう。そして一番多いのは③の人たちじゃないかと思います。
 これから安倍政権が改憲手続きに着手する場合、①ならまったく問題なし。②は見通しが甘かった自己責任だからざまあみろ。てゆうか国民投票があるから問題なし。③は事実上の白紙委任だからもちろん問題なし。
 本当に改憲阻止が重要だと思ってる人たちは、野党聯合に投票したはずです。その結果として聯合側は大敗したのですから、政府与党が改憲論議を進めることに反対できる大義なんか、護憲派野党側にはないのです。

 正直言って、我々日本国民にとって憲法は空気みたいなもので、大事なものだと頭では理解していても普段とくに意識することはありません。サヨクのみなさんは「憲法は権力者を縛るために重要だ」と叫びますが、時の政権が民意に反して暴走したとき、それにストップをかけるのは実質的には憲法ではなく世論と選挙です。
 「暴走するアベ政治から憲法を守れ!」とサヨクの皆さんが叫んでいる事実こそ、すでに彼らにとって憲法は権力者を縛る鎖でも国民を守る盾でもなく、むしろ国民が身を挺して守らなければならない繊細なお宝(=骨董品)に堕していることを示しています。
 護憲派サヨクが「憲法が現実にそぐわないというのなら、現実を変える努力をしろ!」なんて無茶を平気で言えるのも、憲法が観念的な象徴(=お飾り)になっているからです。

例の有名なイラスト


 世論調査で改憲反対にマルをつけた人たちだって、多くは「いままで変えずにやってこれたんだから、これからもなんとかなるっしょ」「いざとなれば解釈変更すればいいっしょ」というスタンスじゃないでしょうか。自公はそれをよく知っているから、ことさら改憲を公約の前面に押し出すような愚を犯さなかっただけです。
 まして、野党時代に思わず作っちゃった「ぼくがかんがえたさいこうのけんぽう」を完全に実現しようなんてガキっぽいことは、まさか思ってはいないでしょう。

 一方の左派野党側は、SEALDsなど一部の方々に踊らされて世論を読み違え、憲法問題で自民を責め立てれば追い風にできるという幻想を捨てることができませんでした。
 サヨク系メディアはそろって「憲法論議が深まらなかった。与党は卑怯だ、野党は不甲斐ない」と嘆いていますが(たとえば神奈川新聞)、そもそも左派の皆さんは「憲法を変えてはならない」という立場なのですから、深い議論など成立するはずがありません。
 要するに彼らは改憲問題をダシにして、自民党は極右だ安倍は危険だとレッテルを貼りたかったのに、相手にうまく逃げられて悔しがってるだけなんじゃないですかね。

 たしかに安倍首相は、野党の攻撃をのらりくらりとかわしつつ、ここぞというタイミングでは一気に踏み込んで目的を達成するのが巧みな政治家です。左派から猛反発を受けた安保関連法制、右派から批判された韓国政府との慰安婦問題和解合意、妙な理屈で開き直った消費税延期などはその最たるものでしょう。そういう柔軟性(=したたかさ&図々しさ)を持っているからこそ、わたしは安倍政権に一目置いているのです。

 かたや、民主党政権の歴代首相はどうだったでしょうか。トラストミーの鳩山さん、原発でテンパッてた管さん、中韓を逆ギレさせたうえにあっさり政権を明け渡した野田さん。みんな純朴でワキとツメが甘く、はっきり言って政治の手腕は二流です。現代表の岡田さんもすっごく不器用な感じです。
 2009年のときは、われわれ国民も無邪気に「政権交代すればなんとかなる」と期待することができましたが、共産党に牛耳られた野党聯合政権に幻想を抱ける国民が今更どれほどいるかって話です。

 くわえて今回の選挙では、与野党ともに認める最大の争点だった経済政策について、民進党は「人への投資」「分配と成長の両立」と曖昧なことを言うばかりで、激動する世界経済に立ち向かうための具体的な即効薬を示せませんでした。たぶん、そんな都合のいい薬はあるはずもなく、あったとしたらかなりの劇薬なのでしょう。
 となると、「道半ばからのアクセル」と「ゼロからのスタート」のどちらがましかという選択になりますが、野党聯合に政権が移ったらその時点で政治が不安定化してマイナスからのスタートになりそうだし、サヨクに経済を任せておいたら脱輪すらしかねない。――そう考えてわたしは投票先を決めました。
 わたしに限らず、「よくわかんないけど、与党のほうがしっかりしてそう」レベルの判断で投票した人が多かったんじゃないでしょうか。

 わが長野選挙区では民進党が勝利しましたが、負け惜しみを言わせてもらえば、あれは引退した北沢俊美氏の地盤と共産党の組織票に杉尾秀哉氏の知名度がうまく乗っかった結果であって、民進党の政策がどれほど長野県民の共感を得たのかはよく分かりませんよね。
 ま、ライバルの若林健太氏は黄色いポロシャツがイマイチだったし、負けてべそをかいて「今後の政治活動についてはよく考える」なんてヘタレたことを言ってるようなおぼっちゃん2世議員ですから、負けてもしょうがなかったかなという気はしますけど。

 選挙なんてそんなもの。民主主義なんてそんなものじゃないですかね。
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憲法を尊重しないくせに政府見解を尊重しろと叫ぶ自称護憲派ってなんなんですか

【ぼくが集団的じえい権についておもうこと】

・日本国憲法を逐語的に解釈する限り、個別的自衛権も自衛隊も違憲である。
・「自衛隊は戦力でない」などという珍解釈は国際社会に通用せず、すでに日本国憲法の"法的安定性"は失われている。
・それを容認もしくは放置しているすべての政党は現行憲法を軽んじており、自民党と同じ穴のムジナである。
・集団的自衛権を違憲とみなす論者の多くはその根拠として過去の政府見解を挙げるが、司法権を持たない政府の見解を憲法判断の根拠にするのはナンセンスである。
・政府は時勢時局に応じて柔軟に政策を行うものであるから、時代によって政府見解が異なるのは自然である。
・安全保障に関しては、統治行為論を理由に司法が判断を放棄している以上、憲法の逐語的解釈より時の政府と国会の判断が優先される。

【けつろん】
・自衛隊を認めた時点ですでに憲法9条は骨抜きになっているのだから、集団的自衛権をめぐって議論されるべきなのは、行使容認が合憲か否かではなく、それが我が国にとって必要か否かである。
・本当に憲法を尊重したければ、自衛隊と9条のどちらかをさっさと廃止すべきである。

【おまけ】
 安保関連法案の違憲性を訴えたければ、民間の憲法学者を引っ張りだすよりも、司法の判断を仰ぐのが筋ってもんじゃないですかね。すでに民間ではその動きがあるようですし(→2015年6月15日ハフィントン・ポスト)。
 そのうえで、最高裁がまた統治行為論で逃げを打つようなら、裁判官の弾劾裁判を行えばいい。三権分立の原則を尊重するならそれしかないでしょ。

 回りくどいのが嫌ならば、安倍内閣に解散総選挙を要求するしかありませんが、当の民主党は去年のがトラウマになって及び腰だとか
(→2015年7月11日時事通信「民主に不意打ち解散の臆測=前回衆院選「トラウマ」に」)。

 「強行採決を許すな!」とかいって国会運営を妨害する人たちは、憲法が謳う民主主義の基本を軽視しているとしか思えないんですけど。

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日本国憲法には習近平と金正恩を駆逐しろと書いてある

 日本国憲法をどう解釈するか、巷では喧々諤々のようです。
 わたしもあらためて憲法というものに興味を持ちました。で、とりあえず憲法前文を読み直してみたんですが、これ、けっこう過激ですね。日本の憲法なんだから日本のことについてだけ書けばいいのに、その視点はむしろ世界に向かっている。それどころか、民主的価値観を共有しない国は排除してやる、それによって日本は民主陣営から賞賛される国になることを目指すんだと明確に宣言しています。
 わたしなりの「憲法解釈」は以下のとおり。

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。


 一文が長すぎるとか文法がおかしいとかそういうのは置いといて。
 太字強調した部分、「諸国家との協和」でなく「諸国民との協和」であることに注意。日本国憲法が国際的に尊重するのは「国民」であって「国家」ではありません。
 また、日本領土の一部分でも「自由のもたらす恵沢」が確保できない状況に置かれたら、それを放置するのは憲法違反になると解釈できます。現在、竹島や北方領土、尖閣諸島などは日本領土にもかかわらず日本国民には渡航の自由がありません。「領土問題でもめるのなんてバカバカしいから隣国にくれちまえ」と主張する人は憲法違反になります。相手国が自由や民主主義などの価値を日本と共有していない場合はとくに。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。


 民主主義は人類普遍の原理であることを強調しています。つまり、民主主義をないがしろにする連中は人間じゃないということですね。けれど周知の通り、21世紀の地球上には非民主国家がいくらでもあります。アジアも例外ではありません。

われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する


 この部分は、日本は他国が非民主的な憲法や法令を持つことを許さない、と解釈するのが妥当です。前文のそこらじゅうに「諸国民」「人類普遍」「国際社会」という言葉が登場しており、日本国憲法が自国のことだけでなく世界に視野を向けているのは明らかだからです。 
 いやこれは自分たちの憲法を非民主的な方向に変更したり、非民主的な法令や詔勅を出すことを禁止してるんでしょ、と反論なさる方もいらっしゃるかもしれませんが、そういう方は「一切の」という言葉の重みを無視しており、護憲論者失格です。
 だいたい、96条が憲法改正を認めている以上、現行憲法が未来の改正憲法の内容を制限するのはナンセンスですし、それに該当する条文もありません。

 「排除する」という表現は、「認めない」「許さない」といった言葉よりも強硬です。非民主国家に対し、実力行使も含めて積極的に干渉するという強い意志を示しています。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。


 なぜ非民主国家の存在を排除しなければならないかというと、民主的でない国家は人類の普遍の原理に従わないケダモノであり、そんな国が相手では「公正と信義」を信頼できず、日本国民の安全と生存を保持できないからです。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


 ここでも、平和を乱す非民主的な独裁政治は地上から永遠に駆逐しなければならないと強調しています。
 憲法のいう「名誉ある地位」とはなにか。専制と隷従&圧迫と偏狭を許し、国民に恐怖と欠乏を強いている国家があれば、これを排除し憐れな国民を救うために積極的に行動し、民主主義陣営から賞賛を得られるよう取り組むということでしょう。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。


 太字部分はまさに「積極的平和主義」ですね。日本も主権国家の一員として他国と対等関係に立とうとするなら、民主主義という普遍的な政治道徳の法則で世界を覆い尽くすため、積極的に非民主国に干渉する義務があると明言しています。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


 日本国民は国家の名誉にかけ、全力をあげて地球上からならずもの国家を排除する、と誇らしげに宣誓しています。

 以上の解釈をまとめると。

・地球上から非民主国家を排除しないかぎり、日本の安全は保障されません。
・日本が国際社会の一員でいたければ、非民主国家からイジメられている国や人があれば、日本は積極的に助ける義務があります。「自国さえよければいい」なんて自分勝手は許されません。
・民主主義は人類普遍の原則ですから、それに従わない連中を人間扱いする必要はありません。

 なんだあ。安倍政権の対中姿勢は日本国憲法に基づいた戦略だったんですね。
 民主国家vs独裁国家なんて世界観はずいぶん時代遅れな感じがしないでもありませんが、神聖にして侵すべからざる平和憲法に書かれていることですから尊重しないわけにはいきません。これはわれわれ日本国民の義務なのです。
 この解釈に従えば、たとえば、民主化を拒み独裁を続ける中国共産党や朝鮮労働党の指導者階級は人類ではなくケダモノ同然ですから、地球上から排除すべきです。少なくとも護憲派を自認する人たちは、中国や北朝鮮をはじめ、世界中の非民主的国家に対して日本政府が積極的に圧力をかけ内政干渉を行うよう、働きかけなければなりません。

 残念ながら日本国憲法は「国権の発動たる戦争」と「武力行使」を禁じていますから、日本が中南海や万寿台を空爆するわけにはいきません。ただしニンジャ・アサシンを放って主席や第一書記および高官連中を片っ端から暗殺する程度なら憲法の範囲内でしょう。あ、相手は人間じゃないから暗殺というより「屠殺」もしくは「駆除」と呼ぶのが正しいか。まてよ? 相手が人間でないのならその巣を空爆しても「戦争」にはあたらないかもしれないな。うん、きっとそうだ。

 …こうした解釈は極端かもしれませんが、理屈としてはさほどおかしくないですよね。「自衛隊は武力じゃない」とか「憲法7条4項のいう"総選挙"ってのは、辞書や公職選挙法に出てる総選挙とは別物」なんて解釈がまかり通ってる世の中ならば、じゅうぶん通用するはずです。

 自由と民主主義を否定するような連中は地球上から駆逐しろ。……これ、護憲派サヨクが大嫌いなアメリカ野郎の論理そのまんまじゃないですか。そりゃ、ヤンキー様が国際法を無視してまでお恵みくださった憲法なんですから当然ですよね。
 こう考えると、米国がベトナムやイスラム圏でやらかした(やらかしている)ことを護憲派サヨクのみなさんが批判するのって、けっこう矛盾してませんか。
 九条に縛られて思うように身動きがとれないわが国に代わって、米国は世界中の非民主国家に鉄槌を下してくれてるんですから、日本は感謝しなきゃいけません。むしろ、「アメさん、次は中国と北朝鮮もやっちゃってください」とそそのかすのが護憲派としての務めなんじゃないでしょうか。

 …なんて「解釈遊び」をしていると、いま日本で盛り上がっている集団的自衛権の憲法論議がますます下らないものに見えてくるんですよね。

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日本国民は理性のない凶暴な禁治産者なんですか

 わたしはネトウヨなので、集団的自衛権の行使容認は基本的に賛成です。
 憲法解釈の変更なんて姑息なマネをするより堂々と改憲した方がいいと思いますが、今回程度の解釈変更は些末事ですから、さほど騒ぐことではありません。第一、憲法のタガなんてとっくの昔に外れているのです。
 反対派のみなさんは「個別的自衛権はセーフだけど集団的自衛権はアウト」とおっしゃいますが、現在の憲法をどう読めばそういう結論になるのか、素人のわたしにはさっぱり分かりません。現在の憲法を額面通りに読めば、専守防衛だろうがなんだろうが、あらゆる武力行使は禁止なのです。日本はミサイルも鉄砲も竹槍も保持してはならず、敵国が攻め込んできた時は黙って侵略されちまえ――というのが現在の憲法じゃないんですか?
 それは受け入れたくない、でも憲法は変えたくないというのなら、割りきって現状に則した解釈をするしかないわけで、事実日本はそうしてきました。「日本は独立国だから自衛権がある」「自衛隊は武力ではない」などと妙な理屈が通るなら、集団的自衛権の行使が許されるのだって当然の流れじゃないですか。自衛権や自衛隊を実質追認してきた社民党や共産党も同じ穴のムジナです。
 こんな形骸化した憲法にノーベル平和賞を! と気勢を上げる人がいるんですから、世の中は不思議ですね。恥ずかしくないのかなあ。

 護憲派の皆さんの物言いは時として意味不明です。

「集団的自衛権の行使を認めたら日本は戦争ができる国になる!」

 一般常識でいえば、理由や経緯がどうであれ、相手の国とドンパチやればそれは戦争でしょう。個別的だろうが集団的だろうが、自衛権を認めた時点で日本はすでに戦争ができる国なのです。ただし「できる」ことと「する」ことはイコールではありません。でもサヨクの皆さんは意図的にそれを混同しようとしている節があります。

「集団的自衛権の行使を認めたら日本は徴兵制になる!」

 世界最大の軍隊である米軍すら志願制なのに、日本が徴兵制を採用するなんて現実性がない、という主張もできますが、徴兵制が求められるほど情勢が緊迫するとすれば、それは第3次世界大戦とかそういうレベルのものでしょう。いずれにせよ、徴兵はそれをやらないと国が守れないからやるものであって、行使される自衛権が個別的か集団的かは何の関係もありません。そして集団的自衛権を否定する場合は、同盟国からの協力が期待できなくなりますから、むしろ徴兵制になる可能性は高くなるでしょう。

「周辺国を挑発するな!」

 過去に大きな戦争を引き起こした前科があるとはいえ、日本は戦後70年間、平和主義に立脚して国際貢献にいそしんできました。たとえ憲法の中身や解釈を変えたところで、その姿勢はこれからも変わりません。いまの日本に他国を侵略する意志がないことは、常識的に考えればわかることです。そんなことをして何の得があるのやら。
 また、集団的自衛権は国連憲章で認められた権利です。それを再確認するだけの作業を「挑発」と受け取る国があるとすれば、その国は最初から日本および日本の同盟国に害をなそうという下心があったと疑わざるを得ません。
 そういうアブナイ国にビクついてすすんで防衛努力を放棄するのは、カモがネギを背負ってきたというか、カニが鍋の中で自分の殻を脱ぎ始めた、みたいなものです。

「米国の言いなりになって戦争に巻き込まれる!」

 まあ、これは確かにあり得るかもしれませんね。油断してると。おとなりの韓国なんかは、カネに目が眩んでベトナム戦争に首を突っ込んだりしてましたっけ。フセイン大統領に大量破壊兵器の濡れ衣を着せたイラク戦争とか、ああいうみっともない戦争に巻き込まれるのは勘弁してほしいです。
 でも振り返れば、戦後70年間、日本はずっと米国の言いなりでした。いまの憲法は米国から下賜されたものですし、憲法9条を盾に防衛費を抑制できていたのは日米安保条約のおかげです。護憲派の皆さんが「米国の言いなりになるな!」と叫ぶこと自体、矛盾をはらんでるような気がします。
 大体そういうサヨクさんたちに限って、都合がいいときには何かと米国を引き合いに出しますよね。「米国議会も従軍慰安婦問題について日本に謝罪要求決議を行っている!」「米国政府も安倍の靖国参拝に失望している!」
 
 米国の言いなりになりたくなければ、日本は単独でも中国やロシアの軍事力とそこそこ張り合える国になるしかありません。今よりも防衛費を増大させることは必須条件です。
 また、米国に限らず外国に対して毅然とした態度をとるためには、日本人は自立した価値観を養わなければなりません。たとえば中韓から靖国参拝や歴史認識問題などでごちゃごちゃ言われても、きっぱりとはねつけるだけの度胸が必要です。

「選挙で勝ちさえすれば何でも許されると思うな!」

 集団的自衛権行使容認も憲法改正も、2012年の総選挙で自民党の公約に含まれていませんでしたっけ? それらの実現が安倍さんの悲願であることは以前から周知の事実であり、対立政党はそのことを批判して選挙を戦ってたじゃないですか。選挙で勝てないサヨク政党って、しばしば選挙結果を軽視する発言をしますけど、それって「自分たちの正義は国民の判断よりも崇高なのだ」という欺瞞の表れじゃないかと勘ぐりたくなります。 
 ま、今回の安倍さんの力押しが許されるかどうかは、今後の支持率で明らかになるでしょう。支持率が地に落ちて政権が崩壊し、次の選挙で共産党や社民党が大勝利して政権を取れば、憲法解釈の差し戻しでもなんでもやればいいと思います。それが民主主義ってもんです。

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 わたしが護憲派の皆さんの主張を聞いていて不満なのは、彼らは現代日本の民主主義というものをまったく信用していないという点です。日本という国は一部の邪悪な政治家が牛耳っていて、その連中は隙あらば国民をそそのかして他国を征服しようと企んでいる、その第一歩が集団的自衛権の行使容認であり第二歩が憲法改正なのであると、彼らはけっこう本気で信じ込んでいるようです。
 でも実際の日本は、おとなりの特亜の国々よりずっと国民主権が確立し、公正な選挙が行われている民主主義国家ですよね。日本国憲法の前文にも「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使」すると明記されているのです。

 日本の国権を担う一有権者の立場で言わせてもらいますが、われわれ日本国民は侵略戦争をしたいなんて思ってはいません。尖閣諸島は守りたいし竹島や北方領土は返してほしいと思っていますが、そのために相手国の本土を先制攻撃したり上陸作戦をしたいなんて思いません。
 世界中の大多数の国々だって、それぞれが集団的自衛権を自覚し相応の軍事力を持ちながらも、国際秩序を維持してるじゃないですか。どうして日本だけが許されないんですか?

 安倍さんは本の中で「いまの日本は禁治産者に似ている」と書いたことがあるそうですが、言い得て妙だと思います。
 「集団的自衛権を認めたら日本は米国の言いなりになる!」「集団的自衛権を認めたら日本はアジアを再び侵略する!」――こういうサヨクさんたちの発言は、言い換えれば「日本国民は理性も主体性もないバカばっかりだ!」「日本人は少しでも自主性を持てば侵略に走るキチ○イ民族だ!」と言っているのと同じです。そういうことを言える人たちって、自分たちが日本の国民であり日本国の主権者であるという自覚がないんですかね? それとも本当に自分たちは他国民よりも劣等で邪悪な存在だと信じているんですかね?
 いずれにしても、そういうねじけた自己認識は中国などに付け入る隙を与え、日本の立場を危うくするだけのような気がします。そんな人々がもし政権を担っても、憲法前文が目指す「自国の主権を維持し、他国と対等関係に立」ち「国際社会において、名誉ある地位を占め」ることなんて、とうてい不可能じゃないですかね。

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「アジア安全保障協力機構」の実現に必要なもの

 信濃毎日新聞の社説は連日、集団的自衛権行使容認に対する批判ばかりで、愛読者の一人としては食傷気味です。一方で、信毎が日朝対話スタートや河野談話作成過程検証報告などのビッグイベントを社説で取り上げたのを見た記憶がありません。つまんないの。

 6月26日朝刊の4面では、千葉眞(しん)・国際基督教大学教授の投稿文が「安倍政権の『憲法破壊』」「時代遅れの軍事的安全保障」の見出しで掲載されておりました。
 千葉先生は政治思想史・政治理論が専門だそうで、護憲派の論客の一人のようです。以下に内容を要約します。
 安倍政権がやろうとしている集団的自衛権行使容認や平和憲法の破壊は、中国や北朝鮮への挑発であり、これらの国に日本への不信と敵愾心を増幅させて対日軍備増強を招く恐れがある。
 歴史を振り返れば、欧州ではNATO(北大西洋条約機構)への依存度を下げ、OSCE(欧州安保協力機構)を設立して東西両陣営の信頼醸成のメカニズムを作った。こうした努力や国連軍縮委員会の活動など、軍縮・平和外交が奏功して冷戦終結の一要因となった。現在ではカナダ、ニュージーランド、オーストラリア、ASEANなどがこうした非軍事的な安全保障に基づく外交路線を採用している。
 日本もこれらに倣い、平和憲法の「非戦」の信用力と信頼醸成によるソフトパワーを中心とした平和構築外交を推進すべきだ。
 骨子は正直いってサヨクさんお決まりの主張そのまんまで「耳にタコ」ですが、OSCEとか難しそうなモノを引き合いに出してきていてさすが専門家。どれほど説得力があるのかと思い、このOSCEというものについて興味を持ちました。
 にわかでウィキペディアの関連項目から仕入れた知識をまとめると以下のとおり。

 OSCE(欧州安全保障協力機構)は1975年に発足した全欧安全保障協力会議(CSCE)が前身。冷戦終了後の1995年に現在の名称に変更し今に至ります。欧米やロシアなど57カ国が加盟する世界最大の地域的安全保障組織で、民主主義体勢の構築・強化および基本的人権の保証と保護、武力行使の抑止における加盟各国の協力と相互尊重を目的としています。アジアではモンゴルが加盟しているほか、アフガニスタン、日本、韓国、タイが協力国となっています。

 安全保障だけでなく、民主主義とか基本的人権も対象になっているんですね。ではこの組織の前身であるCSCEはどのような過程で誕生したんでしょうか。
 こちらなどを基にわたしが理解したのが以下の流れです。

 CSCEは、冷戦時代の途中にあったデタント(緊張緩和)を象徴するものの一つで、元々のアイデアはソ連側から提案されました。CSCEができる前の1960年代は、キューバ危機やベルリン危機などで東西の緊張関係がピークに達しており、さすがにこれにウンザリしたソ連は軍事対立に終止符を打つ代わりに現状の国境線を認めてお互いの主権を認めましょうやと提案しました。当時アメリカはベトナム戦争に負けたせいで発言力が弱っており、ソ連は主導権を握りやすい立場にあったのです。ソ連には東ドイツを国際的に認めさせたいという思惑もありました。西側も協議に応じ、思想や文化が自由に交流できることを追加するよう求めるなど、西側のNATOと東側のWTO(ワルシャワ条約機構)の間で話し合いが重ねられCSCEが実現したわけです。

 以上の歴史をみれば分かる通り、CSCEは当時極限に達した軍事的緊張を緩和したいという東西両陣営の思惑が一致して成立したものです。では、いまの日本と中国にそういう「思惑の一致」は期待できるのでしょうか。
 習近平政権は、急成長する自国の経済力、薄まりつつある米国の影響力を背景にイケイケドンドン。とくに力を入れているのが海洋進出で、そのために日・越・比など海側周辺国とのトラブルを引き起こしています。いまの中国には「軍縮してお互い仲良く」なんて発想はどこにもありません。
 そういう相手にいきなりOSCEみたいな軍縮・平和路線を求めても無益なのは明らかです。
 そもそも日本はOSCEの協力国ですが、中国は完全に距離を置いています。そりゃ、「民主主義体勢の構築・強化および基本的人権の保証と保護」を追求するOSCEの理念とは真っ向から対立してますからね。

 千葉先生は「カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、ASEANもこうした非軍事的安全保障に基づく外交を行っている」とおっしゃいますが、カナダもニュージーランドもオーストラリアも近隣に面倒な国がなく地政学的に恵まれています。それにASEAN各国は対中姿勢に関しては一枚岩ではありません。日本の集団的自衛権について理解を示してますし、むしろ熱烈歓迎している国だってあります。くわえて、千葉先生が挙げた国々はべつに憲法で戦力不保持なんか謳ってないし集団的自衛権の行使を自制してるわけでもありません。
 さらに言わせてもらえば、GDPにおける軍事費(防衛費)の比率(2011年)はカナダ1.5%、ニュージーランド1.2%、オーストラリア1.9%、サヨクさんやコリアンさんがしょっちゅう「見習え!」と叫ぶドイツですら1.4%もあります。対して日本はたった1.0%。ちょっと日本って平和すぎやしませんかね?(いつものウヨク論法で恐縮ですw)

 千葉先生は「日本は平和憲法の『非戦』の信用力と信頼醸成によるソフトパワーを中心とした平和構築外交を推進すべきだ」とおっしゃいます。でもそれをやってきた結果が現在の東アジア情勢なわけで。戦後ずっと「平和憲法」を順守し実行してきた日本という素晴らしい隣国がありながら、いまだに「日帝」の残虐性を国民に刷り込んで軍備増強に利用している中国や北朝鮮って何なんでしょうね。
 
 専門家の大学教授様に盾突くのは恐れ多いのですが、日本の集団的自衛権行使容認や憲法改正が「中国への挑発になる」という言い方は正しくないんじゃないですかね。「中国に口実を与える」というのが正確でしょう。そして口実はしょせん口実であり、たとえ日本が憲法の解釈変更や改正なんかしなくたって、中国は必要さえあれば好きなときに好きなように好きな口実をでっちあげてくるでしょう。たとえば戦時中のことを蒸し返して日本にイチャモンをつけ、それを日本が拒めば即座に「日本は歴史を反省していない!」「帝国主義の野望を捨てていない!」と叫べるんですから楽なもんです。
 そもそもいまの中国には、日本を信頼しなければならない必要性がないのです。中国が軍備拡張に積極的なのは日本の挑発におびえているからではなく、たんにマッチョになりたいからです。東シナ海や南シナ海でブイブイ言わせ、資源を採掘してさらなる経済成長を遂げたいからです。経済成長しないと共産党の息の音が止まってしまうからです。 

 一足遅れでやってきた大国・中国は、わたしの印象からすると先進国の歴史を良くも悪くも忠実に踏襲しているように見えます。非民主的な政治体制しかり、少数民族を征服抑圧する植民地主義しかり、環境汚染しかり、激しい経済格差しかり。要するにいまの中国や北朝鮮こそ「時代遅れ」なのです。習近平のスローガン「中華民族の夢を取り戻せ」なんて、完全に前近代へ逆行してますよね。
 そんな中国には何も言わず、自国の政府ばかり批判するサヨクの皆さんってなんなんでしょうか。いまの日本が時代に逆行しているとしたら、それは中国や北朝鮮の異次元的時代錯誤に引きずられた結果であり、日本の平和主義を無視し続けてきた特亜に対する日本人の失望であり、役立たずな自国のサヨク政党に対する苛立ちなのです。

 中国が突き進む覇権主義の行き着く先がアメリカを凌ぐ超大国化なのか、それとも哀れな自壊自滅なのかはわかりませんが、気が済むまでとことんやって教訓を得なければ彼らは「時代」に追いつけないでしょう。
 歴史に学ぶとしたら、アジア版OSCE=アジア安全保障協力機構(OSCA)が実現するにはおそらく、中華陣営vs反中華陣営の対立激化という「アジア危機」が必要になるでしょう。だとすれば、安倍政権の中国包囲戦略はむしろその実現に向かう近道の一つかもしれませんw。

テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
ジャンル : 政治・経済

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