先に進む安倍政権、座り込んでゴネ続ける野党連合

2015/9/25 信濃毎日新聞2面

首相、経済と社会保障 全力
総裁再選会見「参院選公約に改憲」


 安倍晋三首相は自民党総裁選での再選を受けて24日夕、党本部で記者会見し、今後の政権運営に関し、経済再生と社会保障の充実に全力を挙げる考えを表明した。・・・憲法改正を来夏の参院選でも公約に掲げると明言。
・・・
 経済重視で政権運営に当たる姿勢を前面に、重点的に進めてきた安全保障分野からの転換を図った。参院選を見据え、成立した安保関連法への国民の批判をかわす狙いもあるとみられる。

局面転換狙い「経済重視」
[解説]
 安倍晋三首相が24日の記者会見で、経済最優先で政権運営に当たる姿勢を打ち出したのは、安全保障法制の整備を推し進めたことで世論が離反した状況を踏まえ、局面の転換を図る狙いがある。来夏の参院選に向け、支持率を回復させたいとの思惑があるのは間違いない。・・・


 局面を転換して国民の批判をかわす狙い、ねえ。じゃあ、もし安保関連法制がスムーズに成立して支持率も下がっていなかったら、安倍首相は会見でどんなことを言っていたでしょうか。…やっぱり、同様に「経済重視で頑張る」と表明していたんじゃないですかね。
 集団的自衛権をめぐる法整備という一つの仕事がクリアできたから、次は前から課題になっている経済対策という宿題に挑む。当然なことじゃないですか。

 それに、安倍首相が本当に安保論争にフタをしたいと思っているのなら、来年夏の参院選で憲法改正を公約に掲げると明言したのは辻褄が合いません。
 むしろ自民党としては、野党がこれまで「安保法制は憲法違反だ」と主張してきたのを逆手に取って、「安保法制は合憲だが、これ以上無用な誤解や間違った解釈が生じないよう改憲が必要だ」と切り返すこともできるようになりました。そうなれば、今回「解釈改憲は憲法改正の妨げになる」という思いから安保関連法に反対していた改憲派の支持も得られるでしょう。

 ただ、改憲が自民党の公約だとはいっても、それが選挙戦で主たる争点になるかどうかは別問題です。野党がそれについて騒ぎ立てても、有権者が付いてくるかどうかはわかりません。
 常識的に考えれば、来年の参院選の最大の争点は消費税になるでしょう。

 もともと、自民党がこのところの国政選挙で圧勝できているのは、アベノミクスに象徴される経済政策が期待されてのことです。しかも、安倍政権は消費税再引き上げの時期を2017年4月に先送りし、「再延期は行わない」と背水の陣を敷いています。現状の支持率がどうであろうと、経済政策に失敗したらどのみち安倍さんはお払い箱になるのです。
 これがもし習近平や朴槿恵だったら、国民の民族感情を刺激し、不満をよその国に向けさせることで政府の責任をごまかそうとするかもしれませんが、さすがにそんな姑息な手は日本国民に通用しないでしょう。

 安倍政権の安保政策が間違っていることが証明されるには、日本が米国の身勝手な戦争に加担して世界中を敵に回し日本人に多数の死者が出るのを待たなければなりませんが、そんな事態はいつ来るやら来ないやら分かりません。
 一方で、アベノミクスの成否はあと1~2年で判断が下されることでしょう。野党が本気で安倍政権を打倒したければ、アベノミクスに勝る経済政策を打ち出すことが手っ取り早いはずですし、それができなければ政権を担う資格がありません。外交や安全保障政策では安倍政権を支持する保守派の中にも、アベノミクスを痛烈に批判する人たちは多くいます。

 ところが、野党の行動はまったく見当違いの方向に進んでいます。
 同日付の信濃毎日新聞4面。

安保法批判かわし鮮明
経済優先へシフト 首相会見


・・・
 野党も負けていない。首相のこうした戦略に対抗し、あくまで世論の関心を安保法に引き付けて参院選で安倍政権を追い詰める作戦を描く。
 民主党の蓮舫代表代行は会見で「安保法の白紙撤回に向け、一致団結して取り組む」と強調した。共産党の志位和夫委員長も会見で「(安倍政権は)時間がたてば、国民は忘れるという気持ちだろうが、そうはいかない。国民をなめてはいけない」とくぎを刺した。
 経済か安保か―。与野党の世論争奪戦。「安保法でついた首相の強引なイメージを拭うのは簡単ではないだろう。参院選では劣勢を強いられかねない」。自民党閣僚経験者はつぶやいた。


 民主党と共産党の選挙協力には、SEALDsの皆さんも大きな期待を寄せているようです。

2015/9/16 J-CASTニュース
http://www.j-cast.com/2015/09/16245404.html

安全保障関連法成立後のSEALDs 賛成議員の落選運動を展開する

 安全保障関連法案に反対する学生団体「SEALDs(シールズ)」の中心メンバー、奥田愛基(あき)氏(23)ら3人が2015年9月16日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で会見した。近く成立する見通しの安全保障関連法案が違憲だと主張し、採決を見送るように求めた。

 一方で、奥田氏は法案が「通ってしまうだろう」とも発言。今回の抗議活動で参加者の層が広がったことなどから、今後は安保法案に賛成した議員への落選運動を展開する考えを明らかにした。奥田氏は、今回の抗議活動を通じてできた参加者のつながりが「そのまま選挙に影響を与えると思っている」と話しており、焦点は16年夏の参院選に移る。

すでに「賛成議員を落選させよう」が「合い言葉」

 奥田氏は今回の安保法案をめぐる活動を通じて、日本でもデモという形での抗議活動が定着したことを強調。法案通過後も、野党が何らかの争点で共闘できれば、「落選運動」が抗議活動の形として効果を発揮するとの見方を示した。

「世代、地域を越えて、人々が声をあげている。このつながりが、そのまま選挙に影響を与えると思っている」
「野党がうまく協力していただければ、次の選挙で応援をしやすくなる。現在では、『賛成議員を落選させよう』というのは合い言葉のように使われている。いわゆる『法案が通る前の運動』とは、違う形になりつつあるのではないか」


 うう、若いのにネガキャン以外にやるべきことが見つからないのかい、キミたちは。そんなんだからネトウヨから「ただの批判魔」なんて呼ばれちゃうんだよ。

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 野党連合(略して野合)が政権奪取に成功したとして、安保法制の白紙撤回は本当に実現するのでしょうか。有権者は、かつての民主党政権がいかに公約を反故しまくったかをしっかり覚えています。
 今国会で成立した安保関連法制は、10本の法改正と1本の法新設で成り立っていました。

●改正
 1.自衛隊法
 2.国際平和協力法(いわゆるPKO協力法)
 3.周辺事態安全確保法 → 重要影響事態安全確保法に変更
 4.船舶検査活動法
 5.事態対処法
 6.米軍行動関連措置法 → 米軍等行動関連措置法に変更
 7.特定公共施設利用法
 8.海上輸送規制法
 9.捕虜取扱い法
10.国家安全保障会議設置法

●新設
国際平和支援法

参考:http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/pdf/gaiyou-heiwaanzenhousei.pdf

 新法を撤廃するのはいいとして、改正された10個の法律は、再改正して元の状態に戻すだけでいいんでしょうか。
 共産党や社民党(旧社会党)は、個々の法律が成立した当時も「軍靴の音ガー」と騒いで反対していたんじゃないんですかね。だったら改正撤回ではなくあくまで法律の全面廃止を主張するのが政党としての筋のはずです。まずこの点で民主と共産・社民の間で対立が生じることになるでしょう。
 仮にその対立を乗り越えて無事公約を実現させたとして、その後はどうするのでしょうか。
 サヨク野党のみなさんは、今国会で「選挙の争点になっていなかったものを多数決で決めるな!」と叫び続けていました。ならばことさら「戦争法撤回」を大声で訴えて勝利した野合政権は、他の政策課題についてはすべて全会一致か国民投票で決めなければならないことになります。
 ブーメランというか、墓穴ですね。

 志位委員長は「時間がたてば、国民は忘れるという気持ちだろうが、そうはいかない」と強気らしいですが、うーん。
 時間が経てば忘れるっていうよりも、時間が経てばサヨクさんたちの主張がただのこけおどしだったとバレるだけじゃないですかね。「日本が再び侵略国家になる」「テロリストの逆恨みを買って日本人がバタバタ殺される」「徴兵制が復活する」――これらが現実化しないことには安保法制の誤りは証明されないのですから。

 国会前のデモで演説している野党党首の中には、かつて「国民の生活が第一」を標榜したり、党名にまで掲げていた皆さんがいますけど、国民の生活に直結する景気対策をほったらかして憲法論議にかまけていていいんでしょうか。

 来年夏までに日本の景気が良くならなければ、参院選の争点は増税の是非を含む経済政策になる。
 来年夏までに日本の景気が良くなれば、そのまま自民党への追い風になる。

 安保法制なんかにこだわっている限り、どっちに転んでも野党に勝ち目はありません。
 逆に、説得力のある経済政策を示し実際に成果を出しさえすれば、その手法が少しくらい強引でもむしろリーダシップとして賞賛されます。要するに結果を出した者、もしくは出せそうな者が勝つってことです。

 もし、知恵を絞っても経済対策の妙案が浮かばないのなら、野合の皆さんが次に争点にすべきなのは選挙制度や国会運営の改革です。得票率が低くても一つの党がボロ勝ちできてしまう現状、与党の思惑一つで「強行採決」できてしまう現状を変えようと訴えるのなら、それなりに整合性と説得力があります。ぎゃくに、野党がそれらの問題を放置するのなら、今後は同じネタで与党を批判する資格はありません。

 安倍政権さえ倒せれば後はケンチャナヨ、なんてことを平気で言うド近眼な人たちに、日本の舵取りを任せられるわけがないじゃないですか。野党とその支持者のみなさんはしっかりしてください。
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テーマ : 安倍政権
ジャンル : 政治・経済

「安倍ヤメロ」と「韓流ヤメロ」はどこが違うか

 今回の安保法案騒動では、サヨクメディアやサヨク学者のみなさんのSEALDs押しがすごかったですね。

 たとえば、以前わたしがツッコミを入れさせてもらったサヨク学者の西谷修先生も、ご自身のブログでしきりにSEALDsを持ち上げていました。

言論工房 Fushino_hito
2015/07/16 SEALDsの「民主主義ってなんだ?これだ!」
http://fushinohito.asablo.jp/blog/2015/07/16/7708683

 いまSEALDs(Students Emergency Action for Liberal Democracy -s:自由と民主主義のための学生緊急行動)という若者たちのグループが注目されている。

 今年の5月からSEALDsを名乗るようになったが、不意に出てきたわけではない。一昨年の秘密保護法の強行採決や去年の集団的自衛権容認の閣議決定などに、これはひどいことになると危機感をもち、学生有志でSASPL名で活動してきた(「秘密保護法に反対するがくせい有志の会」)。それがこの春、ヴァージョンアプ【原文ママ】して本格活動を始めたのだ。

 今までの政治運動とはまったく違って、どんな組織や思想潮流とも関係がない。自由な発想に立っている。だが、今の日本、とりわけ安倍政権が代表する日本の政治が、若い世代の「ふつうの生活」の土台そのものを巻き込んで、彼らの「未来」を奪い去ろうとしていることに、肌身で危機感を抱き、それを不当だと感じる者たちが集って、自分たちで新しい運動を始めようと立ち上がったのだ。

 その思いを集約したのが「民主主義って何だ?」という疑問だ。この国は民主主義のはずなのに、自分たちが主役のはずなのに、こんなことになっていいのか?いい加減の、カラクリだらけの選挙で議席さえ取れば、勝手に「国民」を巻き込んで何でも決めていいのか?馬鹿にするな!だったらここで「民主主義をやってやろうじゃないか! これが民主主義だ!」と。


 日本人は、妙に子供や若者を神聖視したがる傾向があります。
 若者は知識が乏しい反面、無垢だから本質的な正しさを見抜く感性を持っているに違いない、という幻想があるようです。
 長野県でも、自治体が大学と提携して大学生の実習を受け入れ、学生たちの「ぼくらが思いついた地域おこしアイデア」を役人たちがありがたがったりしています。

 SEALDsが登場する以前のサヨクデモは、政党や労働組合のオジサン、プロ市民系のオバサンが中心となったヒステリックで古臭いものというイメージがありました。そこにオシャレ(?)な若者たちのグループが突然登場したことで、行き詰まりを感じていた昭和世代が大喜びで御輿に担ぎあげたという流れでしょう。オークダーキはさしずめ天草四郎かジャンヌ・ダルクか。
 若者たちによるオシャレ(?)なサヨク運動というのは、特定秘密保護法反対運動が盛んだった時に信毎の記事にも取り上げられていましたが、いま思えばあれがSEALDsの前身だったのかもしれません。

 「政治に関心を持ってくれるとは、今時の若者も捨てたもんじゃないな」「デモこそ民主主義の本来の姿。戦争法は成立してしまったけれど、オレたちの戦いはこれからだ!」と、サヨクのみなさんは鼻息を荒くしています。

 「国会前のデモに12万人も集まった!」「世論調査では過半数の国民が戦争法案の強行採決に反対している!」…あっれえ、あなたがたついこの前までは「少数派の意見を尊重するのが民主主義だ」「多数決はただの多数決主義であって民主主義ではない」とか言ってませんでしたっけ。国会での多数決を批判する口で、世論調査で過半数を占めたことやデモに大人数を集めたことを誇示するのは矛盾してませんか。

 民意が国会にきちんと反映されないのが不満ならば、選挙制度に文句を言うべきであり、国会における多数決を「強行採決」などと呼んで批判するのはお門違いです。それとも何ですか、民主党や社民党は、自分たちが政権与党だったときの国会では多数決をしなかったんですか?
 自分たちが過半数なら正しい多数決、相手が過半数なら悪い多数決。そんなのばっか。
 まあ、人間なんて自分に都合のいいメガネでしか物事を見られない生き物かもしれませんけど。わたしも含めて。

 社会や政治に関心を持ったイマドキの若者が、既存の団体に縛られず、ソーシャルメディアなどでつながって自主的なデモ活動を行うようになったのは、SEALDsが最初ではないはずです。ここ数年来の流れでいえば、お台場で行われたフジテレビ嫌韓デモの方が画期的だったんじゃないですかね。

 お台場のデモは「韓流なんかウンザリだ」という素朴な主張でしたが、これがきっかけに嫌韓という価値観が市民権を得、やがて日韓外交にも大きく影響していったのですから、政治的な要素を多分に含んでいます。

お台場嫌韓デモ 国会前反安倍デモ
開催日2011年8月21日2015年8月30日
参加人数(主催者発表) 6,000人 120,000人
参加人数(警察発表) 5,300人 30,000人
参照:Wikipedia

当時の映像

お台場


国会議事堂前


 わたしは当然ながらどちらのデモにも参加していませんが、上記の情報から自分なりに感じた両者の違いをいくつか挙げてみたいと思います。

人数
 お台場デモの方が圧倒的に少数ですが、警察発表との差を比べると、お台場の主催者の方が圧倒的に"正直"であることがわかります。

シュプレヒコール
 お台場デモのシュプレヒコールは長文。後に続く参加者の掛け声は、ちょっとバラバラ感あり。
 国会前デモは鳴り物が入ってリズミカル、フレーズは「戦争反対」「安倍はやめろ」など短く単純。従来のサヨクデモと大差ない感じ。

プラカード
 お台場デモは素朴、手作り感にあふれる手書きが多い。
 国会前デモはカラフルで、印刷されたものやコピーされたもの、凝ったものが多い。

参加者の態度
 お台場デモは整然としており、主催者側もかなり気を使っている様子。
 国会前デモは騒々しく、一部で警察ともみ合い。

社会環境
 お台場デモが行われた2011年は韓流ブームの絶頂期。メディアは無視もしくは批判的に報道。民族差別のレッテルを貼られる。
 国会前デモは野党、団体、学者、メディアが全面的にバックアップ。SEALDsは国民世論の代表者扱い。


 こうやって見てみると、四面楚歌の中で声をあげた当時の「嫌韓厨」の皆さんは、勇気がありましたね。政党や学者、メディアからちやほやされているSEALDsと比べ、当時の嫌韓デモの方が不器用で手作りで、でもずっと切実感に溢れていたように感じます。

 ちなみに、先ほど紹介した西谷先生の文章は、ちょっと単語を入れ替えて「安倍政権」を「フジテレビ」、「民主主義」を「日本」などにするだけで、そっくりそのままお台場デモの紹介文になってしまいます。

 今までの政治運動とはまったく違って、どんな組織や思想潮流とも関係がない。自由な発想に立っている。だが、今の日本、とりわけ【フジテレビ】が代表する日本の【マスコミ】が、若い世代の「ふつうの生活」の土台そのものを巻き込んで、彼らの「【誇り】」を奪い去ろうとしていることに、肌身で危機感を抱き、それを不当だと感じる者たちが集って、自分たちで新しい運動を始めようと立ち上がったのだ。

 その思いを集約したのが「【どうして韓流押し】何だ?」という疑問だ。この国は【日本】のはずなのに、自分たちが主役のはずなのに、こんなことになっていいのか?いい加減の、【ステマ】だらけの【番組】【視聴率】さえ取れば、勝手に「国民」を巻き込んで何でも【放送】していいのか?馬鹿にするな!だったらここで「【愛国】主義をやってやろうじゃないか! これが【日本】だ!」と。


 デモというのはもともと反権力の武器です。お台場の嫌韓デモは、強大なマスメディアという権力に視聴者が抵抗するという構図がありました。強大な安倍政権に抵抗するSEALDsと、本質的には同じです。
 われわれネトウヨは、安保関連法に関しては政権を支持する立場ですから、今回はデモなんて面倒くさいことに力を入れずにすみました。政府与党が粛々と法案を通過させるのを見守るだけでした。
 一方、野党側もそれなりに手応えを得て調子づいたようで、あの共産党が民主党などに選挙協力を呼びかけるという、なかなか面白い動きを見せ始めています。

「共産、他党と選挙協力=安保法成立で方針転換」(時事ドットコム)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2015091900247

「戦争法廃止で一致する政党・団体・個人が共同して国民連合政府をつくろう」(しんぶん赤旗
http://www.jcp.or.jp/web_policy/2015/09/20150919-yobikake.html

 こういうのもねえ…矛盾の塊ですよね。共産党って、これまでの選挙でずっと「民主党は自民党と同じ穴のムジナ」「日本にはたしかな野党が必要です」って叫び続けていたのに。
 万が一政権を取ってしまったら、今度は自分たちが「権力者」の立場になり、国民から監視され突き上げられる立場になるんですけど、アイデンティティは保てるんですかね?
 
 しんぶん赤旗の記事では、「戦争法廃止、安倍政権打倒のたたかいをさらに発展させよう」と訴えています。

私たちは、心から呼びかけます。憲法違反の戦争法を廃止し、日本の政治に立憲主義と民主主義をとりもどす、新たなたたかいをおこそうではありませんか。安倍政権打倒のたたかいをさらに発展させようではありませんか。


「戦い」ではなく「たたかい」とひらがな表記なのが気持ち悪い。平和を守れ、戦争を許すなと叫ぶ立場の自分たちが、「戦い」なんて好戦的な言葉を多用するのはいかがなものかという迷いがあるのでしょう。でも他に言葉が思いつかないから、せめてひらがなの柔らかいイメージでごまかそうというのでしょう。くだらねーの。

 万が一、サヨク勢力がふたたび政権をとった場合には、こんどはわれわれが抗議活動に精を出さねばならない立場になるのでしょう。
 今回の左右のデモ比較で得た教訓は、「デモはオシャレにやったほうがいい」ということです。
 シュプレヒコールの音頭はオッサンではなく若者もしくは女性が務めること。
 参加者はなるべくオシャレな服装を心がけること。
 行進の先頭の横断幕はイケメンや美女に持たせること。
 主催側のスポークスマンは、しゃべりがうまくてスマートな人が務めること。

 SEALDsには奥田愛基という看板がありますが、右派にはだれがいるでしょうか。桜井誠は論外として、古谷経衡?KAZUYA? うーん…、もう少し人材がほしいところですね。わたしが力になれなくて残念です。

信毎「11法案をまとめて審議なんて乱暴だ!どうせ全部反対だけど」

2015年9月17日 信濃毎日新聞社説

特別委採決 「良識の府」の名が泣く

・・・
 強行採決の色合いを薄めようと与党は、次世代の党など3野党と修正協議で合意した。自衛隊派遣の歯止め策として国会関与の強化を担保する閣議決定や法案の付帯決議を行うというものだ。
 憲法に反するという問題の本質は変わらない。3野党の修正案はもともと与党を助けるためのものだったのだろう。

PKOも審議不足

 11本の法案を二つにまとめただけに積み残された論点は多い。目を向けたい一つが、国連平和維持活動(PKO)など国際貢献に関わる任務拡大だ。
・・・
 法案は自衛隊の任務に治安維持活動を加えた。住民保護のための巡回、検問といった活動だ。「任務遂行のための武器使用」も認めている。離れた場所で武装集団に襲われた他国部隊や国連要因らを現場に出向いて助ける「駆け付け警護」もできる。
 活動の危険度が高まり、武器使用の現実味を増す。
 「国際連携平和安全活動」という枠組みを設け、国連が統括しない活動にも参加可能にする。かつてのイラク復興支援特別措置法のようなケースが念頭にある、
 本来、これだけでも一国会以上かけて議論すべきものである。集団的自衛権や後方支援とひとくくりに扱ったのでは、審議を尽くせるはずがない。
・・・
 法案には、紛争地で活動する非政府組織(NGO)も危機感を示している。
 日本国際ボランティアセンター(東京)スーダン事務所現地代表の今井高樹さんは先週、都内での集会で「襲撃してくる集団には武装した住民もいる。そういう人に銃を向ければ、日本への反感が高まるだけではないか」と、駆け付け警護に疑問を呈した。
・・・
 国際貢献を強めるにしても、なぜ武器使用を前提とした任務の拡大なのか。日本がPKOに参加して20年余、自衛隊は一発も銃弾を放たず傷つけることも傷つくこともなかった。それが日本への評価にもつながってきたはずだ。
 威嚇射撃であっても発泡すれば相手からの反撃が見込まれる。武器使用が日本への憎悪や敵意を生めば、かえって国民を危険にさらす。人道復興支援活動にもマイナスになる。
 武器に頼らない非軍事の貢献こそ、平和国家にふさわしい。停戦の仲介、紛争後の復旧や復興、医療、難民支援など、他に力を入れるべき分野はいくらでもある。あらためて成立に反対する。


 「審議が尽くせていない」。そりゃあ、内閣不信任決議案の趣旨説明だけで1時間44分もかかる民主党さんのことですから、衆参両院の審議に200時間かけようが200年かけようが足りないでしょうねえ。
 でも、ほんとうに審議なんか必要だったんでしょうか。
 
>11本の法案を二つにまとめただけに積み残された論点は多い。目を向けたい一つが、国連平和維持活動(PKO)など国際貢献に関わる任務拡大だ。

>武器に頼らない非軍事の貢献こそ、平和国家にふさわしい。停戦の仲介、紛争後の復旧や復興、医療、難民支援など、他に力を入れるべき分野はいくらでもある。あらためて成立に反対する。

 なんだ、どうせ反対なら一つにまとめて正解だったじゃないですか。複数の法案をまとめて審議採決することの問題点を指摘したければ、「法案の中には賛成できるところとできないところがある。だから個別に審議すべきだ」って言わないと。
 てゆうか、法案を個別審議したところでサヨク野党のみなさんはその一つ一つに憲法論争をふっかけてくるんでしょ?

 サヨクさんたちが危惧するように、今回の法案成立は日本の非軍事的貢献をおろそかにすることにつながるんでしょうか。わたしはそうは思いません。軍事的貢献も非軍事的貢献も両方できる限りのことを頑張ればいいだけです。より前線に近い地域がよりシビアな支援が求められており、その任務を遂行できるだけの能力を自衛隊が有しているのなら、国際社会の期待に応えることは決して悪いことではないはずです。そもそも、安全な場所での活動なら自衛隊じゃなくても務まるわけで。

 住民保護のための巡回、検問、駆け付け警護・・・立派な任務じゃないですか。現地の人たちに喜ばれることでしょう。まさに国際貢献です。それなのに、サヨクのみなさんが気にかけるのはテロリストの顔色ばかり。

>「襲撃してくる集団には武装した住民もいる。そういう人に銃を向ければ、日本への反感が高まるだけではないか」

 村を襲撃するようなヒャッハーたちを野放しにしておいたら、現地住民どころか国際社会からの反感も高まるんじゃないですかね。
 いままでの法律では自衛隊は現地住民や仲間の部隊をほったらかしてさっさと逃げてたんでしょ? わたしが現地の村人だったら、そんな日本のジエイタイの姿に絶対イラッとすると思います。少なくとも失望します。

>日本がPKOに参加して20年余、自衛隊は一発も銃弾を放たず傷つけることも傷つくこともなかった。

 安全なところでしか活動してこなかったんだから当たり前じゃないですか。で、その安全を誰が確保してくれたのかといえば、前線で危険な任務を行っている他国の部隊なのですから、何の自慢にもなりません。
 社説が取り上げている南スーダンのPKOに関して言えば、自衛隊(施設部隊)が派遣されているジュバの全般警備は、中国、エチオピア、ネパール、ルワンダの歩兵部隊が担当しているとのこと(ソース:内閣府HP)。どの国も日本と比べれば決して国情が安定しているとはいえないでしょうに(中国も含めw)、そんな彼らが異国の地で自衛隊の代わりに銃を撃ち、傷を負うリスクを引き受けてくれているなんて皮肉すぎます。いくら役割分担とはいえ、これらの国に自衛隊の安全がおんぶにだっこという状況を知れば、申し訳なくも恥ずかしい気持ちになるのが日本人として自然じゃないですかね。ましてや「銃を撃たないからわが国は平和国家ダ!」と胸を張れる神経がわたしには理解できません。

>武器に頼らない非軍事の貢献こそ、平和国家にふさわしい。

 今年1月、ISILは安倍首相が中東にテロ対策支援を行うと表明したことに言いがかりをつけ、日本人の人質2人を殺害しました。安倍首相が表明したのは非軍事的な援助だったのに、ISILは聞く耳を持ちませんでした。
 結局のところ、軍事的だろうが非軍事的だろうが、何かをやろうとすればいつだって誰かから恨まれる可能性があるのです。テロリストと村人のどちらに恨まれるのが怖いかといえば前者でしょうが、どちらのために行動すべきかといえば、答えは明らかです。

 自衛隊の国際的役割拡大に反対するサヨクさんたちの主張の本質は、ぶっちゃければ「遠くの国の紛争なんか知ったこっちゃない、どこの馬の骨とも分からない連中を助けるためにどうして日本人が命を賭けなきゃいけないんだ。汚れ役はよその国に押しつけて、オレたちは安全なところで適当にお茶を濁しておけばいいじゃないか」という、一種のエゴです。
 日本にとって一番大切なのは自国民の安全ですから、こういう主張があるのは自然なことです。でも、サヨクのみなさんはそのエゴを「平和国家ニッポン」「好戦国家ニッポン」という二枚舌で誤魔化し、自分たちは高いところから自国と他国の両方を見下しているのです。

 PKOが議題になる時は自衛隊員の危険ばかり騒ぎ立て、現地住民や他国の部隊のことは二の次。
 憲法9条が議題になる時は自衛隊がまるで侵略軍かのように騒ぎたて、隊員や自国の安全は二の次。
 このダブルスタンダードがわたしには気に入りません。

 現実から目をそらし、キレイゴトばっかり言っているサヨク野党を相手にいくら時間をかけたところで、有益な議論ができないのは当然のことだと思います。

テーマ : 報道・マスコミ
ジャンル : 政治・経済

翁長のちゃぶ台返しを支持する人は安倍の憲法解釈に文句を言うな

 ちょっと前のニュースで「なるほどなー」と笑ったのがこれ。

2015.9.7 産経ニュース
http://www.sankei.com/politics/news/150907/plt1509070006-n1.html

沖縄・翁長県政ますます迷走 承認取り消し主管部署さえ決まらず

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設で、辺野古の埋め立て承認の取り消しを主管する部署をめぐり同県が迷走していることが6日、分かった。翁長雄志(おなが・たけし)知事が承認を取り消し、政府との訴訟に発展して敗訴すれば職員が責任を問われかねないとして関係部署が主管を押し付け合っているため。取り消しありきの姿勢の翁長氏と県職員に温度差があることが浮き彫りとなった。
・・・
 翁長氏は6月に部にあたる知事公室に辺野古新基地建設問題対策課を新設。取り消しを主管する部署は移設阻止の取り組みを一元化する課として同課か、有識者委の事務局を務めた総務部行政管理課になるとみられていた。しかし、知事公室長と総務部長は8月中旬になって、公有水面埋立法を所管し、埋め立て承認の審査も行った土木建築部海岸防災課が主管するよう主張。土木建築部は「審査に瑕疵があったとは認められない」との立場で、取り消しの手続きに加わることに抵抗感が強い。

 埋め立て承認の取り消しは辺野古移設阻止を掲げる翁長氏の公約に沿ったもので、基地問題を担当する知事公室が責任を持って所管するのが筋とみられ、土木建築部に押し付けるのは「有識者委の報告書が政府との訴訟に勝つための論拠にならないと危惧し、責任を回避しようとしているためだ」(県幹部)との指摘がある。


 知事の公約を実現するためとはいえ、振り回される県職員はたまったものじゃありませんね。田中康夫時代を知る一長野県民としては、同情を禁じえません。
 翁長知事が諮問した第三者委員会の報告書を読むと、「疑問がある」「問題がある」「したがって誤りである」といった言い回しがたくさん出てきます。細かい理屈は理解できてませんけど、どうせみんな「法解釈の相違」レベルの問題でしょう。前の仲井真知事だって政府相手にギリギリまでゴネてたんですから、誰の目からも明らかな瑕疵があればそれを放置するはずがありません。
 たぶん、これだけ重箱の隅をつつくような検証をやったら、県が下したほかの事業許可も軒並み不法判定されるんじゃないでしょうか。もし裁判になったらそういうところも争点になるでしょう。

 裁判に勝っても負けても、県側に誤りがあったと正式に認定されてしまう皮肉。許可に従って工事を進めてきた政府は、県に対して相当な賠償を請求する権利を持つことになるんでしょう。日本の国防政策を停滞させ、日本国民に不安を与えた県の責任も追及されてしかるべきです。国家の安全、国民の安心というモノをどうやって金額に換算するのか想像がつきませんけれど、かなりの額になるでしょうね。

 仲井真前知事が辺野古埋め立てを承認したのは2013年12月。あれからまだ2年も経っていません。翁長知事のやっていることは「法の安定性」を著しく損ねる行為なわけですが、サヨクの皆さんはこれを容認どころか大歓迎しているようです。
 でもこの態度、サヨクさんたちが安保関連法案をめぐって政府を批判するときの主張と矛盾してませんか。

09月13日(日) 信濃毎日新聞社説

安保をただす 参院審議 「決める時」という独善

(一部引用)
<「違憲」法案の無理>

 政府はそもそも、憲法に反するとの指摘に説得力のある反論ができていない。政府内で憲法解釈を担った内閣法制局長官OBや大多数の憲法学者が批判している。土台、無理のある法案だ。

 昨年の閣議決定は、集団的自衛権を行使できないとした1972年の政府見解を引きつつ、安保環境の変化を理由に結論をひっくり返した。「基本的な論理は変わらない」とするものの、元法制局長官の宮崎礼壹氏が言うように「黒を白と言いくるめる類い」だ。

 元最高裁長官の山口繁氏も法案を憲法違反と断じている。「72年見解が誤りだったと位置付けなければ論理的整合性は取れない」と批判する。政府は「現役を引退した私人の発言にコメントすることは差し控える」とし、耳を傾けようとしない。


 要するに、安倍内閣が「1972年の政府見解は誤りだった」と位置づけさえすれば、論理的整合性はとれてしまうわけですね。
 …だったらやればいいのにねぇ、安倍さんも。
 翁長さんは先代知事がほんの2年足らず前に行った法解釈が誤りだったことを堂々と認めたのです。それが許されるのなら、40年以上前、首相でいえば17代も前の「政府見解」「法解釈」を金科玉条のごとく崇め奉らなければならない理由がありません。見解とか解釈とかいうものはたんに「オレたちはこう思う」ってだけで、法律でも判決でもないんですから。
 いまの安倍内閣は72年見解について「誤りだった」と断ずる代わりに「変容する安保環境に対応できなくなった」と優しく表現していますが、実質的には似たようなものです。
 サヨクのみなさんはきっと「翁長さんは沖縄県民の支持を得てる。かたやアベの戦争法案は国民の多くが反対している」と反論するかもしれませんが、ここで問題にしているのは論理性ですから国民感情は関係ありません。それに世論の支持さえあれば法律なんかどうとでもなるという考えは法治主義の否定であり、信毎などサヨクメディアがいつも言う「数の暴力」そのものです。

 現行憲法が施行されてはや68年。この間に歴代内閣の憲法解釈がすでに大きく変化してきたことは周知の事実です(詳しくは首相官邸が掲載しているPDF資料をどうぞ→こちら)。
 吉田茂首相は1946年の国会答弁で、いまで言うところの個別的自衛権すら否定しました。「個別的自衛権は合憲だが集団的自衛権は認められない」とする72年見解と真っ向から矛盾します。
 いまでは個別的自衛権を違憲とする声はサヨク野党の中にもほとんどないようですが、46年の吉田答弁がダメで72年の政府見解はヨシである法的根拠は何なのか、素人のわたしにはさっぱり分かりません。
 個別的自衛権を容認する人たちは、吉田首相のあの答弁は誤りだったと認めるのでしょうか。いや、おそらく彼らの多くは「時代が変わったのだから仕方ない」と答えるでしょう。
 実際、吉田首相は日本に自衛権を認めてはいけない理由を「日本が好戦国であるという誤解を解くために必要だから」と説明しています。つまり吉田首相も当時の安保環境に即して憲法を解釈し発言していたわけです。

 いまや日本を好戦国と疑う国はほとんどありません。特亜3国のねじけた日本観は国際社会から受け入れられていません。
 一方で米国の軍事力は相対的に低下し、米国国民の意識も「冷戦時代じゃあるまいし、なんでオレたちがわざわざ血を流してまで日本を守らなきゃいけないんだ?」というシビアな目線に変わりつつあります。
 いざというときに米国を助けなければ、いざというとき米国に助けてもらえないかもしれない――となれば、集団的自衛権が「必要最低限の自衛権」の範囲と重なるのは自然なことです。いまは険悪な日韓関係も、第2次朝鮮戦争で日本が積極的に集団的自衛権を行使してあげれば、韓国は泣いて喜んで日本と仲直りしてくれるかも☆

 気味の悪い冗談はさておき、「時代が変わったから」という理由で46年答弁を無視できるのなら、同じ理由で72年見解を上書きすることだって可能なはず。礒崎陽輔首相補佐官が述べた「法的安定性は関係ない、わが国を守るために必要な措置かどうかを気にしないといけない」という率直な発言に、わたしは共感します。日本政府は生き馬の目を抜くような国際社会の中で、シビアな駆け引きをしなければならない立場。それに厳密な論理性を要求するのは、場合によっては日本の国益を損ねる自滅行為になりかねません。

 野党のみなさんが政府の解釈改憲を本気で止めたいのなら、安保関連法案を否決しても安倍政権を倒しても、根本的な解決にはなりません。必要なのは強引な解釈の原因となっている浮世離れした憲法を直すこと、解釈の余地を与える曖昧さを条文からできる限り排除すること(諸刃の剣ですが)。
 憲法改正は国会の仕事なのに、サヨク野党は義務を放棄して外のデモで騒ぐだけ。安倍首相よりもずっと露骨で感情的な翁長知事のちゃぶ台返しに喝采を送り、結果として中国や北朝鮮を喜ばせるだけ。

 そもそも、「戦争法案は廃案しかない!」って叫んでる野党が、同じ口で「政府の説明は不足している!」「審議が不十分だ!」と主張するのっておかしくないですか。廃案しかないんなら説明も審議も必要ないじゃないですか。
 信毎の社説も「政府は法案を撤回し、国民的な論議を一からやり直すべきだ。」と締めていますが、国会審議すらこれほどグダグダなのに国民的議論なんかできるんですか。サヨクの皆さんの多くは「9条を守れ」「戦争反対」「米国の言いなりになるな」etc、感情的かつワンパターンなシュプレヒコールばかりで、われわれウヨクとはちっとも話が噛み合いません。

 わたしとしては、強行採決だろうが60日ルールだろうがさっさと決めてほしいですね。で、法改正によって明らかに日本の国益が損なわれかねない状況が到来したら、そのときは有権者もしくは裁判所の審判を仰げばいいじゃないですか。それが民主主義ってもんです。
 ま、裁判所に訴えたところで、また統治行為論でお茶を濁される可能性は高いでしょうが、少なくとも辺野古裁判の翁長知事や前支局長裁判の朴槿恵大統領みたいに「判決がどっちに転んでも悲惨」という事態にはなりにくいでしょう。

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信毎「自民党なんか総裁選で分裂すればよかったのに。チッ」

 自民党総裁選で安倍さんが無投票当選したことをサヨクのみなさんが批判しています。
 信濃毎日新聞は9日の社説2本を両方とも安倍総裁再選の話題にあてていました。
 その一つをご紹介。

09月09日(水)信濃毎日新聞社説

自民党 無投票が映すいびつな姿

 政権を担う自民党の総裁選は単に一政党のトップを選ぶものではない。国政のリーダーを国民が見定める機会でもある。
 党にとっては論戦を通じて人材の多様さ、懐の深さをアピールする場になる。
 せっかくのチャンスを生かそうとはしなかった。安倍晋三首相の無投票での再選である。党幹部らは、対立候補を出させまいと躍起だった。今の自民党のいびつな姿が見て取れる。
・・・
 党幹部らが無投票にこだわったのは、安全保障関連法案の審議への影響を避けるためだ。総裁選は議員票に加え、党員・党友の地方票がある。選挙戦になれば、地方から「反安倍」票が出る可能性もあるとみたのだろう。
 国会審議と総裁選が重なる事態を自ら招いておきながら、身勝手な考え方ではないか。
 党の総裁選挙管理委員会は、野田氏が立候補した場合を想定して国会審議への影響を極力抑える手だても検討していた。前回より街頭演説の回数を減らすといったものだ。何のための総裁選かと首をかしげたくなる。
・・・
 首相「1強」が際立つほど次を担う人材の不在を印象付ける。自民党の活力が失われてはいないか。安保、原発、経済政策など党内にはさまざまな意見があるはずだ。異論が聞こえてこない状況は党の将来にマイナスである。


 ……総裁選をやろうがやるまいが、そんなことは自民党の自由じゃないですか。外野がなにをそんなに大騒ぎしているんですか。
 信毎さんは自民党打破が社是だから、本当は総裁選で自民党内に亀裂が入るのを期待してたんでしょ? その「チャンス」が消えた不満を無理やりもっともらしげな批判に言い換えようとするから、すっかりいびつな社説になっています。

 異論をぶつけあうのが健全な政党? 政党ってのは同じ政治的価値観を共有する人々の任意の集まりですから、べつに党内論争がなくてもおかしくないと思いますけどね。国会をほったらかしにして論争しなければならないほどの対立があるならば、さっさと別の政党に分裂してくれた方が有権者としてはありがたいです。

 党執行部がいろいろ根回ししたのだとしても、そんな工作はこれまでの総裁選挙でもいくらでもあったはず。その根回しに屈した反安倍派も、問題意識は所詮その程度だったということです。党内の権力争いより国会審議を優先した自民党の判断は、むしろ国民に対して誠実だと思いますけど。
 もし総裁選が実現し安倍総裁が日本中を街宣カーで飛び回っていたら、どうせ野党や信毎は「党内の権力争いにかまけて国会を軽視している。何のための政党か」と大喜びで食いついたでしょうに。たしかこの前、首相がほんの一日大阪のTVに出ただけで「国会軽視だ!」と叫んでましたよね。

 信毎によると、野党は「異論のない組織の危うさを感じる」(民主党長妻)、「昔の密室の政治、暗い派閥の政治に戻った」(維新の党松野代表)などと批判していますが、国政選挙で勝てない負け犬の遠吠えでしかありません。そもそもいまの国会を一強多弱状態にしたのは、野党のみなさんが揃いもそろって内部対立にあけくれて自滅したせいじゃないですか。野党の中では中央集権制の共産党だけが躍進してる現実はなんとも皮肉です。

 民主党長野県連の北沢俊美氏なんかは「自民党内で、もう少し国民のための深い議論があって良かった」とコメントしていますが、自分で言ってて情けなくないのかな。国民のために国会審議の場において深い議論を挑むのがあなたがた民主党の仕事じゃないですか。それを自民党の総裁選に丸投げしちゃったら、自民党員を日本国民の代表者として認めたも同然ですよ。あなたがた、最近の国政選挙ではいつも、自民党の得票率が低いことを理由に「自民が大勝したからといって必ずしも民意を反映したものではない!」みたいなことを叫んでませんでしたっけ?

 こういう、よその政党の内部のイベントにシタリ顔で口出しする態度って、日本の内政に平然と干渉してくる韓国にそっくりですね。安倍憎しに目がくらんで主張が支離滅裂になってたり、何を叫んでも相手の痛痒になってないところも含めて。

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対話教のためにはキンペー演説すら捏造する信毎

 さすがの信濃毎日新聞も、中国の軍事パレードを問題視する社説を掲載していました。

2015年9月4日 信濃毎日新聞3面

中国戦勝行事 「大国」にふさわしいか

 市民の日常生活を圧迫することもいとわずに大々的な軍事パレードを挙行し、存在感を内外に誇示する、それが「大国」にふさわしい振る舞いとはとても思えない。
 中国はきのう、「抗日戦争勝利70周年」の記念行事を開き、その一環として軍事パレードを行った。「10年ごと」の慣例を破り、建国60年の2009年以来6年ぶりである。諸外国の首脳らを広く招いたのは初めてだ。

 兵士1万2千人を動員。装備は全て国産で、対艦弾道ミサイルなどの新兵器をはじめ8割以上が初公開という。軍事力の強大さを示す意図は明らかだろう。東シナ海に進出を図る中国の行動は周辺国とのあつれきを招いてきた。国防費の増加は顕著で、軍拡路線は鮮明だ。習近平国家主席は演説で、中国は覇権を唱えず、拡張政策も取らないと述べたが、説得力に乏しい。
 米国に次ぐ経済大国となった中国は大きな影響力を持つ。アジアや世界の安定と平和に向け、責任ある大国として役割を果すことが求められている。軍事力を見せつける姿勢はそれと相反する。

 習指導部はことしを「抗日戦争と反ファシズム戦争の勝利70年」と位置づけている。第2次大戦の「戦勝国」の立場を強調して国際秩序の構築に積極的に関与する意思を示すとともに、共産党の権威を高め、一党支配体制の正当性を国民に訴える狙いがある。
 ただ、思惑通りには事は運んでいない。記念行事にはロシアのプーチン大統領、韓国の朴槿恵大統領らが参列する一方、欧米主要国の首脳は軒並み出席を見合わせ、安倍晋三首相も欠席した。
 国内では言論の締め付けを強め、パレード開催を疑問視したりする「デマ」を集中的に取り締まった。開催地の北京には厳戒態勢を敷き、交通規制や工場の操業停止、焦点の営業休止で仕事や生活に大きな影響が出ている。

 中国がいま取り組むべきは、国の威信を示すことではない。人々の声に耳を傾け、政治の民主化を前進させることだ。習指導部が自らの姿勢を問い直すことなしに、国際社会で幅広い信頼を得ることはできない。
 日本の向き合い方も問われる。習氏の演説からは対日関係改善への意思も読み取れた。習氏と朴氏の会談では、日中韓3カ国の首脳会談を10月末にも開くことで一致している。地域の安定に向け、対話を通じて信頼関係を構築する取り組みを強めたい。


 それなりに中国に苦言を呈したことについては褒めてあげましょう(上から目線)。でも案の定、結論は相変わらず芸のない「対話セヨー、タイワセヨー」の一本槍。

>習氏の演説からは対日関係改善への意思も読み取れた。

 はて、そうですか。この日の紙面で中国の抗日記念行事についての記事が掲載されていたのは1,2,3,5面。この中から習氏の演説について触れた部分を抜き出してみましょう。

1面

習近平国家主席はパレード後のレセプションで戦後世代に「正しい歴史観」を持つよう求め、謝罪に区切りを付けたい意向を示した安倍晋三首相の戦後70年談話を暗に批判した。歴史認識をめぐる対日攻勢の継続を宣言した形だ。
・・・
 習氏は記念行事の演説で「戦勝国」の立場を誇示。中国は覇権を唱えないと述べ、中国軍の兵力230万人のうち30万人を削減すると発表した。
・・・
【レセプションで(引用者注)】習氏は「侵略戦争以後に生まれた人であっても、正しい歴史観を持ち、歴史の教訓を心に刻まなければならない」と強調。「侵略戦争の否定は歴史をもてあそぶものであり、人類の良識に対する侮辱だ。世界中の人の信頼を失うのは必然だ」として、安倍氏をけん制した。


3面

 「侵略戦争の否定は人類の良識に対する侮辱だ」。パレード後のレセプション。習国家主席はロシアのプーチン大統領や韓国の朴槿恵大統領ら居並ぶ各国要人を前に、こう強調した。
 習氏は2日に会談した朴大統領と、10月末にも日中韓首脳会談を開催することで一致したばかり。安倍氏の戦後70年談話にも厳しい反応を示さず、日本に抑制的な対応をしてきたが、対日「歴史カード」を維持する姿勢をあらためて示した。

中国軍事パレードQ&A

A パレードに伴う記念行事で習近平国主席は「戦勝国」としての立場を誇示し、国際秩序構築に関与を強めることに意欲を示しました。終了後のレセプションでは、戦後世代に「正しい歴史観」を持つよう求め、謝罪に区切りを付けたいとした安倍晋三首相の戦後70年談話を暗に批判しました。


5面

 「日本軍国主義を徹底的に粉砕し、世界の中で中国の大国としての地位を再び確立した」。周主席は軍事パレードに先立つ天安門城楼での演説で訴えた。日本軍国主義を打倒して「大国」の一角を占めたという歴史観が、党の正統性を誇示するために今も必要な論理だからだ。


 わたしがチェックした限り、習氏の演説についてふれた部分は以上がすべて。これらのどこから「対日関係改善への意思」が読み取れるんですかね? 報道と主張がまったく噛み合っていません。三国首脳会談への同意を表明したのは演説のときではありませんし、兵士30万人削減も、たんに兵器の近代化によって不要になっただけだとあちこちのメディアで指摘されています。
(ちなみに、パレードでの習近平演説の全文は産経新聞に出ています→こちら

 中国には「歴史をもてあそぶな」「正しい歴史観を持て」などと他国に説教を垂れる資格はありません。そもそも中華人民共和国が大きな顔で「戦勝国」を名乗ること自体、日本人からすると「ハア?」ですよね。
 この日の信毎も次のように書いていました。

5面

その一方、軍事パレードを通じて「強国」路線を前面に出す中で、「抗日戦争はそもそも国民党が主導したものだった」という矛盾も露呈した。解放軍歴史研究室の研究員は記者会見で「日本打倒で中国が決定的な力を持った」と強調したが、「(当時の)主力はソ連、米国、英国の3カ国だった」と解説する国防大学教授の文章がインターネット上で流れ、共産党の歴史観への疑問が相次いだ。
 不満と疑問の声は、軍事パレードへの招待客にも及んだ。
 習主席が天安門で固く握手を交わした首脳の中に、戦争犯罪と人道に対する罪で国際刑事裁判所(ICC)に国際手配されているスーダンのバシル大統領の姿があった。ある中国人知識人は、ネット上でこう指摘した。「バシルを(平和を訴える)反ファシズムの式典に招待して連携を強化することは、中国も戦争犯罪に協力することになるのではないか」(北京時事)

【北京共同】・・・
 一方、上海市の企業に勤めている女性(38)は「社会や経済など国内問題の解決が大きな課題だ」と強調し「抗日戦争では(現在の台湾与党である)国民党政権が正面の戦場で主導的役割を果たした。(共産党は)国民党の功労を横取りしているのではないか」と疑問を呈した。


 こうした報道は、中国国民の冷静な声を紹介して日本人の警戒感を和らげようという意図かもしれませんが、むしろ、こんなデタラメで不誠実な共産党政権とまともな「対話」が成り立つのかという絶望感の方が大きくなります。
 そもそも、ファシズムとは「対内的には暴力的手段で民主主義的自由を奪い、対外的には帝国主義的侵略主義を主張するもの」(小学館『新選国語辞典』第七版)。天安門事件を認めず、オバマに「太平洋を半分こしないか」と持ちかけ、弾道ミサイルをおっ立ててパレードする中国こそ立派なファシズムじゃないですか。
 中国が信頼に値しない国であることは信毎すら認める現実なのに、ケンポー9条とタイワ砲だけでどうやって対峙すればいいんですか。日本と中国の軍事力の差は刻一刻と開いているのに、同盟国・友好国との連携を強化しないでどうするんですか。

 信毎の紙面上では、国際社会の現実とサヨクメディアの幻想との間で乖離が進んでいます。
 この日の時事まんがはとくに気持ち悪かったです。
150905sinmaia.jpg

 なにこれ。軍事パレードはただの冗談だよ~ん! ってことですか?
 これがサヨクのみなさんの国際感覚なのかと思うとため息が出ますね。中国のミサイルは見かけ倒しのハリボテだ、という皮肉が含まれているのだとしても。

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ビタ一文払ってないくせに朝鮮特需の恩を着せたがる韓国

 韓国の保守派論客である趙甲濟氏が、自身の言論サイトで朝鮮戦争と日本の関係について論説を書いていました。以下、機械翻訳を微修正して引用します。

http://www.chogabje.com/board/view.asp?C_IDX=63079&C_CC=BB

朝鮮戦争で日本はこうやって金を儲けた!

 韓国戦争の時期、日本が経済復興をしたことはよく知られている話だが、これを裏付ける資料や研究書を探すのが難しかったところ、1985年に出版された3冊立てのマッカーサー伝記(THE YEARS OF MacArthur)を読んだ。D.クレイトンジェームズが書きヒュートンミピルリン出版社から出した大作の第3巻は「勝利と災い」というタイトルで、ここで興味深い統計を発見した。「日本に及ぼした韓国戦争の影響」という小見出しがついた文章の中で、著者は韓国戦争の時期、日本は国連軍の兵器廠の役割をしたと要約した。

 戦争が起きる前の1950年春、日本に駐留した米軍は6万人だった。戦争が勃発すると、米国は、同年9月までに韓国と日本に合計25万人の米軍を配置した。1953年1月までに国連(陸海空軍)は、米軍35万、その他の連合軍4万4千、韓国軍37万人余りなど計76万8000人に達した。
 日本は韓国に投入される国連軍の訓練場となった。1952年までに日本に2500カ所の各種米軍施設が入った。陸海空軍のための訓練場、特殊戦学校、射撃場、病院、保養所、港湾施設、武器庫、工兵施設等。建設ブームが吹いた。米国の技術と資金が日本の労働力と結合された。駐日米国大使ロバート・マーフィーは、「驚くべき速度で、日本列島は巨大な補給倉庫に変わった。これがなかったら韓国戦争は実行することができなかっただろう」と述べた。

 1947 年にマッカーサーは先見の明がある措置をとった。作戦名はロールアップ(Roll-up)。太平洋戦争時、中央および南西太平洋戦線に捨てられた武器や装備を回収して修理することだった。韓国戦が起こると、この武器が前線に投入された。武器や装備を修理する仕事が日本の会社に移った。韓国戦の初期4ヶ月間、日本の会社などは48万9000丁の小火器、1418門の大砲、3万4316個の制御装置、743台の戦闘車両、1万5000台の一般車両を出庫させた。
 戦争では軍需分野に多くの人材が投入される。マッカーサー司令官は、これを主に日本の人材に任せた。日本人の力を利用することができなかったならば、米軍は約20万~25万人の追加兵力が必要だったという。日本の海上保安庁が持つ機雷除去技術などは、国連軍が北進するとき韓国戦線に投入された。日本の海運・鉄道技術者も、国連軍に所属し韓国で活動した。

 マッカーサーは朝鮮戦争が始まるとすぐに、日本駐留軍需司令部を創設した。韓国戦線に必要な物資を日本で調達し始めた。日本の会社と契約した購入額は、1950年に1億8400万ドル、1952年には8億2400万ドル、1953年には8億600万ドルに達した。当時の日本の輸出額は10億ドルの水準だった。米国は、米軍と韓国軍、そして他の連合軍のための武器と装備だけでなく、韓国人のための救援物資も日本で購入した。このような資金は、米国政府と援助機関から出てきた。特別な資金で購入された材料の額は、1950~55年の間に17億ドルに達した(編集者注:軍需司令部が購入した金額と重複する部分があるか不明)。  豊田自動車会社を例に挙げる。この会社は1950年6月に304台のトラックを生産した。韓国戦が爆発し、軍需用注文が殺到して1951年3月になると、毎月1500台作った。豊田の神谷小太郎社長はこう言った 。「米軍のご注文は、当社の救世主だった。嬉しくもあったが、罪を犯す気分になったりした。他の国の戦争を嬉しがっているという考えで。」

 米軍の特別資金の購入額の約10%は、日本が生産する武器、弾薬、装備を買うために使われた。これは日本の武器産業の復活を促進した。極東司令部は、太平洋戦争に動員された約1000の軍需メーカーを閉鎖させたが、韓国戦が起こると生産を再開させた。1950年8月、米国合同参謀は、「もし、世界戦争が起こった場合、日本の軍需産業の能力を、米国が利用できなければならない」という立場を定めた。
 戦争物資の生産以外の分野でも、日本はお金をたくさん稼いだ。日本きた国連軍所属の軍人たちが様々な目的のためにお金を使った。彼らが個人目的で使ったお金は、一日平均100万ドルに至ることもあった。横須賀は日本の売春婦が1500人に増えた。
 韓国戦が開始されたとき、日本の製造業生産量は戰前(1934~36)の3分の1の水準だったが、戦争が勃発してから製造業は急速に回復した。1950年末に戦前の94%、51年に128%、1953年には171%に向上した。製造業従事者の賃金指数も1950年に59.5(1960年を100として見たとき)、51年に65.6、52年に73.5、53年に77.4に急騰した。

 輸出額は1949年に5億1000万ドルだったのが、1951年に14億ドルに増えた。輸入は1949年の9億500万ドルが1952年には20億ドルに増加した。東京証券市場も活性化された。1950年6月の日取引額は9470万円だったのが1953年2月には24億円に急増した。1951年初めに議会で演説した吉田首相は「最近、日本は経済の回復と復興に向かって著しい進展を見せている」と報告した。
 韓国戦期間に財閥企業に対する規制も緩和され、共産主義者に対する規制は強化された。日本の高度成長路線は、韓国戦の時期にその枠組みが作られたものである。
 李承晩大統領が平和線を引いたことを憎む日本人が多い。しかしその李承晩の決死抗戦のおかげで韓国が自由主義の防波堤になり、日本の高度成長が可能になった。今日の日本人たちが享受する繁栄と平和は韓米軍を含む国連軍派兵16カ国の兵士たちが流した血のおかげでもある。


 我が国は韓国の近代化に貢献したと日本人が言うと、すぐさま韓国人は反論します。「日本こそウリナラに感謝すべきだ。朝鮮特需で悪稼ぎしたおかげで戦後復興できたくせに」。
 朝鮮特需がありがたかったのは認めますが、ちょっと待ってほしい。
 趙甲濟氏自身が述べているように、日本に軍事物資を発注し、お金を支払ったのは米国や国連です。そしてその物資は韓国を守るために使われました。日本、米国、韓国のうち最大の受益者は誰か? 米国のカネと日本のモノによって国を守ってもらった韓国です。あの時、韓国は日本にビタ一文も払ってないんじゃないですか?

 趙甲濟氏自身が述べているように、朝鮮戦争において日本はできたてホヤホヤの「平和憲法」をさっそく無視し、戦闘地域に掃海部隊を派遣して南を支援しました。ウィキペディアによれば、日本が動員した海上保安官や民間船員は8000人以上、開戦からの半年だけで56人もの命が犠牲になったとのこと。
 李承晩がちゃんと対北防衛策を取っていれば、日本も米国も尊い人命を失わずに済んだはずです。韓国は西側友邦に多大な迷惑をかけたことを謝罪すべきですし、日本のおかげで被害を抑えられ国を失わずに済んだことを感謝すべきです。

 にもかかわらず李承晩は朝鮮戦争さなかの1952年、日本にまだ自主防衛力がないのを良いことに一方的に李承晩ライン(自称「平和線」)を設定して日本漁船を締め出し、竹島を占拠したわけです。そして多くの日本漁船が拿捕され、日本側には死傷者まで出ました。

 このサイテーな恩知らず野郎を偉大なる国父と呼んで崇め奉っているのが、趙甲濟やバンダービルドといった韓国の保守派なんですよね。李承晩の決死抗戦? 北への対抗よりも自国民の虐殺(保導連盟事件)にかまけ、北軍が迫るとさっさと逃げてソウル市民を見殺しにし(漢江人道橋爆破)、米軍が上陸するまで手も足も出ず日本に亡命しようとしてたヤツが決死抗戦?(以上、すべてウィキペディアの知識)
 まあ、韓国の兵士が多く血を流したのは事実でしょう。でも彼らが必死に戦った目的は自分の国を守るためであり、決して日本に好景気をプレゼントするためではありません。「韓国軍が流した血のおかげで日本は好景気になった」と声高に言いふらすのは本末転倒なだけでなく、先人の名誉を傷つける行為じゃないですかね。…チョッパリのわたしが説教するのもなんですけど。

 朝鮮戦争が日本の戦後復興の契機になったのは確かでしょう。あの特需がなかったら、日本の高度経済成長は多少遅れていたかもしれません。でも、裏を返せばその程度。朝鮮特需がなかったら日本は復興できずに滅亡していた、なんてことは絶対にありません。

 一方、朝鮮戦争の時に日本が国を挙げて支えなかったら、おそらく南は負けていたでしょう。「アコーディオン戦争」と言われるくらい、形勢が目まぐるしく変わる激戦でしたからね。
 連合軍からの膨大かつ高度なニーズに日本が応えることができたのは、すでに当時しっかりとした技術力、産業力があったからこそ。つい数年前まで日本が軍国主義だった「おかげ」です。逆に、もしあの戦いの戦線が日本にあり、兵站を担うのが韓国だったら?…ねえ。

 さらにいえば、戦前の日本が朝鮮半島に進出していなかったらどうなっていたか。日清日露戦争に代わって清露戦争が起きていたでしょう。大陸国同士の戦いですから、朝鮮半島は盛大に蹂躙されていたはずです。結果としては当然清が負け、朝鮮半島はすべてロシア=ソ連の勢力下に置かれたに違いありません。ま、どちらが勝つにせよ、半島は分断されない代わりに全体が赤一色に染まり、韓国なんて国は誕生の余地すらなかったはずです。

 かつての自分は誰に殺されかけ、誰に助けられたのか。そのことを直視しないまま、目の前のえさに飛びつく無節操ぶりを産経新聞は「事大主義」と呼んで軽蔑したのだと思います。

 現在の中国が韓国をチヤホヤしているのは、いわゆる西側諸国には他につきあってくれる国がいないから。韓国が持っている(一応)自由民主主義陣営の一員というブランドを、国際社会からの孤立をごまかす言い訳に利用したいから。韓国と歩調を合わせて日本を悪者扱いすることで、自国の軍拡を正当化したいからです。

 等距離外交はけっこうですが、その距離を測る基準は韓国人の主観ですからねえ。習近平の猫撫で声に釣られて一線を踏み越えたら、後戻りできなくなりますよ。
 戦前の日本は、新興国としてのメンツもありましたし朝鮮には親しみを抱いていましたから、良くも悪くも半島経営に総力を傾けました。かたや、一党独裁体制の維持しか興味のない中国が新しい飼い主になったところで、どれほど真剣に韓国の世話をしてくれることやら。
 平気で同盟国を裏切るようなコウモリ国家は、簡単に宗主国様から見捨てられても文句を言える立場ではありません。

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産経の閔妃記事に怒った韓国人「だったら安倍は伊藤博文だ!」

 朝鮮日報のコリア語版が、ネットの声を引用して産経新聞を批判する記事をトップページに掲載していました。

2015年9月1日 朝鮮日報コリア語版
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2015/09/01/2015090101697.htm

朴大統領「閔妃」比喩コラムにインターネット逆上・・・「安倍は伊藤博文」「チョッパリ」

 日本の右派性向日刊紙である産経新聞が、さる31日に朴槿恵大統領を明成皇后(閔妃)に例えるインターネット版コラムを掲載したことをめぐり、国内ポータルサイトやSNSなどでは激昂した反応の文が多数上がってきている。
 この日ポータルサイトネイバー関連記事に付いたコメントは、「私達の大統領を閔妃だというのは(産経新聞が)暗殺者を放って殺害をそそのかすのと違わない。産経ソウル支局をすぐ閉鎖せよ」(ID ycki)、「じゃあ(日本)安倍(首相)は伊藤博文である。第2の安重根が現れる」(k001)との文章が上がった。
 ツイッター上でも反日性向の文が無数に上がってきている。いくつかは露骨な用語を動員し日本を攻撃した。「人面獣心のニホンザルは相手する必要がない」、「日本の極右勢力は悪魔」、「日本もアメリカにこびて生きているのではないか」、「富士山が爆発する時になったが」といった文が続々と掲載されている。「安倍も(狙撃された)伊藤博文にそっくりだ」、「チョッパリ根性がどこに行くのか」、「だから君たちの島は沈没する」という文等もある。

 右派インターネットサイトである「イルベ」には「大韓民国...産経新聞爆破指令を下せ」との文が上がった。「日本国内に義烈団を作って産経新聞を爆破しよう」という内容である。このほか、「産経新聞をすぐに廃刊させよう」、「産経新聞をハッキングしよう」という内容の文なども掲載された。
 一方、韓国政府は産経新聞の対応コラムに記事の削除を要求するとの立場を明らかにした。政府当局者は1日「歴史歪曲と歴史修正主義のDNAを持って過去の歴史について厚顔無恥な主張を日常的に行う日本国内の特定の要人と、この関係報道機関の誠意のない記事は、政府次元でコメントする一考の価値もない」とした。続いて、「その報道機関の記事の削除と再発防止を要求する予定だ」とした。

(強調引用者)

 ネットに垂れ流された声を並べるのはレコードチャイナなどがよくやる手ですが、日本の大手新聞のWeb版ではあまり見かけません。ネット上の無責任な匿名発言を引用するのは記事の品格、ひいては新聞そのものの品格が落ちるという意識があるからでしょう。ですから日本のメディアは基本的には「街角で拾った市民の声」「有識者の見解」という形を取ることが多い印象です。

 韓国の最大手新聞が、記者コラムなどではなくれっきとした報道記事の中で、日本で言えば2ちゃんねるに相当するようなネット掲示板の過激な声をあえて取り上げたのは、それだけ産経の記事にムカついている証拠でしょう。
 しかもその罵倒の内容が「だったら安倍首相は伊藤博文だ」とは…。それ、日本人にとっては首相に対する最大級の賛美なんですけど。これ以上安倍首相を喜ばせてどうするんですか。

 日本ヘイトをまき散らしている低俗なネット民は仕方ないとしても、それを記事に取り上げて拡散させている大手新聞すら、日本国内で伊藤博文がどれほど偉人として尊敬されているのかを、ろくに知らないのかもしれませんね。もし知っていれば、記事に引用したとしても少しは解説めいた文を入れそうなものです。
 しかも、安倍首相=伊藤博文だとしたら、第二の安重根が義挙を達成した暁には、韓国は再び亡国する運命になってしまいます。こんな縁起の悪い記事を書いた朝鮮日報が青瓦台に怒られなきゃいいけどw 

 日本ではちょうどいま、ヘイトスピーチ規制法案が参議院で審議中です。わたしは以前、この法案が成立したらむしろ韓国人による日本蔑視にスポットが当たって日韓関係はますます悪化するだろうと予想しましたが、この朝鮮日報の記事はまさにそれ。国を代表する大手新聞がトップページに堂々とこんな記事を載せるなんて、常識のある国のやることではありません。

 問題となっている産経新聞の記事はわたしも読みましたが、いまの韓国が李朝末期の朝鮮にそっくりだというのは、韓国ウォッチャーにとっては常識です。記事の前半で指摘されている韓国の現状も、後半で紹介されている歴史も、少なくとも日本では一般的な見解でしょう。
 まあ、政治能力はともかくクソ真面目という取り柄がある朴槿恵さんを、ひたすら権力闘争に明け暮れたオカルトかぶれの閔妃になぞらえるのは少し可哀想な気もします。事大主義は民族の伝統であって、朴槿恵や閔妃に限ったことではありませんし。

 でも、どちらの「女帝」も大国の間でフラフラし、かえって周辺国の不信と対立を煽っているのは事実です。しかも当人は大国をうまく手玉に取っているつもりでいるから、日本から見ると歯がゆいことこの上ない。
 韓国人は「日本もアメリカに事大してるじゃないか」と口を尖らせていますが、あくまで米国に軸足を置き、日米同盟の信頼を重視している安倍外交は、韓国の無節操なコウモリ外交とはまったく次元が異なります。

 韓国にしっかりと事大根性が根付いている事実は、この朝鮮日報の記事からも伝わってきます。

>「富士山が爆発する時になった」
>「だから君たちの島は沈没する」

 ネット上における韓国の皆さんの発言て、こういうのがやたら多いんですよね。 「富士山が爆発するぞ」「地震で沈没しちゃえ」「大津波に列島ごと流されろ」…。これは易姓革命思想の残滓かもしれませんが、もう一つの側面としては、自分たちの気に入らない国は天帝が罰を与えてくれるに違いないという他力本願、ある意味宗教レベルの事大主義とも言えるんじゃないでしょうか。

 「下劣な記事などコメントする価値もない」と言っておきながら、記事の削除を要求する韓国政府の態度もみっともないですね。
 コメントする価値がないのならほっとけばいいのに。
 当然ながら、産経は韓国政府の要求を突っぱねました。さあ、朴政権はどうするか。裁判を起こしたり制裁を行えばますます世界から「言論弾圧国家」の烙印を押されかねないし、かといって「泣き寝入り」したら国内世論から叩かれるし。また悩みが一つ増えました。
 産経を理詰めで屈服させようとすれば、あの記事のどこがどうケシカランのかを指摘しなければならないわけで、これはかなり面倒くさい作業のはずです。加藤前局長の場合はどちらかといえば下世話な話題でしたから、頭ごなしに名誉毀損と決めつけられましたが、今回の記事をガチで批判しようとすれば、いまの韓国政府の外交政策の是非と歴史認識の是非、両方をひっくるめた大論争になりかねません。

 それにしても、自分たちの大統領を閔妃呼ばわりされて怒るってことは、閔妃が国を傾けた悪女だったという歴史認識は韓国内に定着しているんでしょうか。テレビドラマやミュージカルで美化されまくって、すっかり「悲劇の国母」扱いされていると思っていましたが。
 ウィキペディアの閔妃の項によれば、過去には閔妃を批判的に論じた韓国人ジャーナリストが閔妃の子孫から訴えられて賠償命令が下されているそうです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%94%E5%A6%83#.E9.96.A2.E9.80.A3.E3.81.AE.E8.A9.B1.E9.A1.8C

2005年9月2日、韓国人ジャーナリストの金完燮がその著作の中で歴史上の人物である閔妃のことを、「朝鮮を滅ぼした亡国の元凶であり、西太后と肩を並べる人物」などと評論したことに対して、ソウル中央地裁から名誉毀損であるとして閔妃遺族らへそれぞれ1000万ウォンを支払うよう命じられる。


 この遺族のみなさんがふたたびハッスルして訴訟を起こす可能性はあるかもしれません。

 閔妃は李朝の滅亡を早めた悪女だったのか、伊藤博文は暗殺されて当然の悪魔だったのか。こんな議論、21世紀に生きる人間にとっては本来ならどーでもいいことのはずです。歴史的人物がどういう行動をしたかは史実として明らかでも、その行動の背景や当人の気持ちなどは明らかでない場合がほとんど。そこに解釈の余地が生まれるわけで、要するに歴史というのは国それぞれ、人それぞれに信じたいものを信じているのがデフォルトです。

 宗教の世界では、ギリシャの神霊ダイモンがキリスト教で悪魔(デーモン)扱いされたりとか、仏教のお釈迦様がヒンズー教ではヴィシュヌのコスプレの1バージョン扱いされたりとか日常茶飯事。それをいちいち問題視して異教徒に文句をつけていたら、しまいには殺し合いの宗教戦争に行き着きます。

 日韓の歴史認識論争だって同じこと。日本人にとって伊藤博文公は近代日本の礎を作った偉人ですが、韓国の一メディアが彼を悪魔呼ばわりしたところで、日本政府は記事の撤回など求めません。同様の冷静な態度を、韓国政府はなぜとれないのか。彼らの言動に、「道徳的に劣った日本」への差別意識を感じる日本人は、わたしだけではないはずです。

 また、そういうムチャぶりを後押しする勢力が日本に多いんですよね。その一つがわれらの信濃毎日新聞です。

8月28日信濃毎日新聞社説

戦後70年に 歴史共同研究 21世紀懇の提言を生かせ

(要約)
 安倍晋三首相が戦後70年談話の発表に向けて設置した私的諮問機関の「21世紀構想懇談会」は、今後の日本が取るべき具体的な施策も提言している。中でも世界各国の研究者による歴史共同研究の場の提供は重要だ。

 日本と中国、韓国との対立の元には歴史認識の隔たりがある。関係を改善していく上で、この溝を埋める営みは欠かせない。
 2000年代、日本は中国と1回、韓国とは2回、歴史共同研究を行った経緯がある。ただ、近現代史は共通認識をつくるのが難しかった。韓国との間では日韓併合、強制連行、植民地での日本語教育などをめぐって両論併記で終わっている。

 違いは残っても、両国の研究者同士が膝を交えて議論したことに意義がある。まだ序章だ。違いを認め合った上で、なぜ違うのかを研究し合う次の段階に進まなければならない。継続的な枠組みとして整え、少しずつでも一致点を探る息の長い取り組みにしたい。


 歴史認識を一致させれば和解できるなんて、ただの幻想だと思いますね。むしろ、一致に向けて議論すればするほど小さな差異が大きくほじくり返され、対立を生むことになるでしょう。「なぜ違うのか」、そんなことを論じ合ってどうするんですか。答えは明らかですよ? お互いに指差し合って「おまえが劣っているからだ!」。

 "世界各国"の研究者を巻き込むことで、当事国の民族主義や政治イデオロギーを極力排除した土俵で歴史研究をやろうという懇話会のアイデアは面白いですけど、まず人選から揉めるだろうし、プロジェクトが出した結論を両国民が素直に受け入れるかどうかは別問題です。強引に押し付けようとすれば、「角を矯めて牛に蹴り殺される」なんてことになりかねません。プロジェクトに参加した研究者は両国民から恨まれることを覚悟しなければなりません。

 われわれ日韓両国民に必要なのは、お互いの間に横たわる深い溝を無理に埋めることではなく、そこに溝があることを理解して近寄らないようにすることです。無理に埋めようと縁を削ってもますます溝は広がるだけ。無理に飛び越えようとすれば落ちるだけ。金と手間をかけて橋を渡しても、どうせ「おまえが渡れ」「いやおまえが」と喧嘩になるだけ。

 一方で、たとえ2人の間に溝があっても、お互いに適切な距離を保てば、同じ方向を目指して歩くことはできるはず。声をかければ会話だってできますし、並んでぼちぼち歩いていけば、そのうち溝が小さくなってくれるかもしれません。
 問題は、韓国が日本と同じ方向に歩く意志があるのかどうか。
 産経の野口さんは、皮肉まじりながらその問いを朴槿恵大統領に投げかけたかったんだと思います。 
 そしてその問いの答えは、ほぼ明らかになったとみて良さそうです。

テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

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