「情理を尽くせ」と東電を叱る信毎社説の責任放棄


2017年7月17日(月)信濃毎日新聞朝刊社説(要約)

汚染水の処理
東電は情理を尽くせ


東京電力の川村隆会長が、福島第一原発に溜まっているトリチウムを含む汚染水の処理方法について、「(海に放出する)判断はもうしている。はっきり」と発言した。

この問題については、政府の小委員会が処理方法を絞り込む議論を行っている最中だった。東電もこれまで政府の検討を待つとしてきたのに、この段階で「判断した」などと言うのは筋が通らない。

海への放出は、地元の漁業者も吉野復興相も反対している。

福島県民は再興のために必死で頑張っているのに、東電が「汚染水の処理方法は最終的に自ら決める」などというのは納得できない。

福島第一原発にはトリチウム汚染水の貯水タンクが林立し、原子力委員会は廃炉作業に支障をきたすため濃度を薄めて海に流すよう東電に求めている。政府の小委員会からも(海洋放出の)判断をうながす声が出ていた。

しかし処理方法の案には、深層地下への注入・蒸発・水素に変化させて大気放出・固化・ゲル化して埋設―なども挙がっている。海洋放出は費用が安く手っ取り早いから有力視されたに過ぎない。

福島の人たちの考えを抜きにして、結論を押し付けることは許されない。(東電は)それぞれのリスクと利点を丁寧に示す必要がある。



どうですか、これ。予備知識がない読者は、「なるほど、東電はけしからん!」と思っちゃうのかもしれませんね。
でも、それまでの報道を踏まえると、まったく別のものが見えてきます。

2017年7月14日(金)信濃毎日新聞朝刊2面(要約)

「トリチウム水 海に放出」
福島第1原発 東電会長、方針明言


東電会長発言骨子
・トリチウム水海洋放出の判断はもうしている
・原子力規制委員会の委員長が海洋放出できるとはっきり言い、われわれとしては大変助かっている
・技術的な確証は持っているし、関係者に説明
・国というか県というか、いろんな方が支援していただかないとがんばりきれない


 福島第1原発1~3号機では、浄化設備で高濃度汚染水の放射性物質を取り除いているが、トリチウムは通常の水と分離が難しいため、除去できない。運転中の原発などでは、法令基準以下に薄めて海に放出しているが、第1原発では敷地内のタンクに保管している。保管量は増え続け、7月6日現在、約77万7千トンで、タンク数は約580基に上る。廃炉作業への影響を懸念し処分を求める原子力規制委員会に対し、東電はこれまで政府の小委員会や経済産業省との議論を踏まえる必要があり、単独では方針を決められないとしてきた。
 インタビューで川村氏は「国の委員会の結論を待って次の展開をすることは致し方ない」と話し、実際の放出は政府の決定を待つ考えを示した。



同日同紙4面(要約)

福島第1のトリチウム水海洋放出方針
漁業者、風評被害を懸念


トリチウムは通常の原発でも海に放出されており、原子力規制委員会も東電に海洋放水を求めてきた。ただ、地元漁業者らの風評被害への懸念や東電への不信感は根強く、実施のハードルは極めて高い。

トリチウム水の取り扱いを巡っては、経済産業省の専門家会合が複数の選択肢を技術面から議論。昨年6月、薄めて海洋放出する方法が、より短期間に低コストで処分できるとの内容を盛り込んだ報告書をまとめた。社会的な影響も考慮する必要があるとして、別の小委員会で風評対策も含めた絞り込みの議論が続いているが、東電の取り得る選択肢は事実上、海洋放出に限られているのが現状だ。
 だが、事故の当事者である東電が技術面の安全性を説明するだけでは、地元漁業者や消費者を納得させられない状況もある。川村氏もインタビューで「われわれが(放出しても大丈夫だと)言っただけでは、皆さん『分かった』とは言わない。非常にしんどい立場だ」と明かした。

東電は過去に、タンクからの汚染水漏えいや、メルトダウン隠しなどが相次いで発覚し、隠蔽体質や立地自治体軽視の姿勢が批判を浴びてきた。
一方で、原子力規制委員会は、トリチウム水海洋放出の判断を外部に預けようとする東電の態度を問題視。昨年9月の会合では、更田委員長代理が「処分方法を決める責任は東電にある」と主体的に方針を打ち出すよう要求。今月10日に開かれた規制委と東電(会長・社長)の意見交換でも、「外堀が埋まるのを待っている」「国が判断しないのを言い訳にしている」と批判が集中し、田中委員長らが国の検討を待たずに東電の意思を示すよう改めて求めていた。
 今回の会長発言は規制委の要求に応えたという一面もありそうだが、トリチウム水は海洋放出しかないと内部で判断しながら、外部への説明を避けてきた東電のさらなる地元軽視の姿勢も浮き彫りとなった。

【トリチウム】
 弱いベータ線を出す放射性物質で、水素の放射性同位体。半減期は12.3年で、人体への影響は小さいとされる。三重水素とも呼ばれ、自然界に存在するほか、原子炉内の核分裂などによっても生じる。水と性質が似ており、通常の原発では希釈した上で海に放出している。



 記事にある、経済産業省の専門家会合がまとめた報告書(PDF)を見ると、トリチウムについての理解がより深まります。


・トリチウムは自然界に一定量(1.0~1.3×10^18Bq)が存在する。宇宙線によっても生成されるためである。

・トリチウムの半減期は12.3年。体内に水として摂取された場合は10日程度、有機物として摂取された場合は40日程度で、半分が体外に排出される。生物の体内で濃縮されることはない。

・トリチウムのベータ線エネルギー量は小さく(最大18.6keV)、紙一枚で遮蔽できる。

・トリチウムが人体に与える影響は、放射性セシウムの約1000分の1。

食品に含まれるトリチウム濃度には基準値が設定されていない。厚労省が「考慮しなければならないほどの線量になることは考えがたい」と判断しているからである。

・通常の原発では、原子力規制委員会の定める上限を超えないレベルの濃度でトリチウム水を放出している。

・イギリスの核融合実験施設にはトリチウムを回収する設備があるが、現実的に許容できるコストの範囲内でトリチウムを除去する技術は現時点では存在しない。

・スリーマイル島原発事故では、事故から10年後に水蒸気放出を開始し、完了までに3年を要した。同原発では水の増加量が少なく貯蔵容量に余裕があったために可能だった。

・試算コスト比較
地層注入=200億~4000億円
海洋放出=17億~34億円
水蒸気放出=230億~350億円
水素放出=600億~1000億円
地下埋設=750億~2500億円



  要するに、トリチウムは薄めれば人体にはほとんど影響ないし、放出はどこの原発でもやってることだし、海洋放出以外の方法は桁違いにカネも時間もかかるのです。
 信毎は社説で「海洋放出は費用が安く手っ取り早いから有力視されたに過ぎない」と述べていますが、国民の血税がつぎ込まれる事業なのですから、低コストで迅速な処理が求められるのは当然のことです。
たとえばトリチウム水を地下に流したり埋めたりするには、場所選びや法整備、施設建設、埋設後の管理など面倒くさい段取りを踏まなければなりません。無理に蒸気や水素にしたところで、放出される放射性物質の量は変わりません。小委員会で風評対策も含めた議論が続いているといっても、大筋の方向性は変わりようがないのです。

 たしかに政治的観点からみれば、川村会長は経産省小委員会の報告が出るまで黙っているのが賢い選択だったかもしれません。でも、彼に落ち度があるとすればその1点だけです。他に道がないことは素人でも分かることだし、原子力規制委員会から「腹をくくれ」と迫られていたのも事実。それなのに、なぜ信毎の社説は、まるで東電が横暴な独断をしたかのように書き立てるのか。海洋放出が許せないなら、東電よりも先に規制委を批判するべきでしょうに、なぜそれをしないのか? もちろんそれは、規制委の要求が正論だからです。
 信毎自身、14日の記事では海洋放出以外の選択肢は事実上ありえないと認めているのに、17日の社説では、まるで他の方法も十分可能性があるかのような書きっぷりをするのは、それこそ「筋が通らない」ことでしょう。
要するに、科学性や論理性など二の次で、「悪者」である東電を叩くことが目的になっちゃってるわけです。これじゃあただのイジメですよね。そんなマスコミがどの口で「情理(=人情と道理)を尽くせ」などと言えるのか。

 地元漁協は猛反対しているようですが、彼らが怖れているのは、トリチウムではなく風評です。
 振り返れば、地元漁業者らは放射能汚染のないバイパス地下水すら、放出に猛反発しました。風評というお化けを怖れるあまり、もはや合理的な判断ができない状況に陥っていることを、件の小委員会で地元の専門家が報告(PDF)しています。それによると、地元漁業者らは一体性を重視しているため、内部にはいろいろな意見があっても「海には何も流してほしくない」という強硬な感情論を抑えられないようです。

 こういう意固地になっちゃった人たちに対して、現時点では信用力ゼロの東電がどんな説得をしたって限界があることを、信毎自身が報じています。 まして、今回の社説のようにマスコミが不条理な東電叩きばかり続けていたら、住民への説得はますます難しくなるばかりです。
 風評というのは消費者=国民の感情、いってみれば世論。だとすれば、今こそオピニオンリーダーたるマスコミの出番でしょうに。信毎の読者である長野県民も消費者の一翼を担っているのですから、信毎にも風評というお化け退治に貢献する能力と義務があるはずです。だったら、他人面した説教社説なんかより、海洋放出の合理性を専門家が冷静に語る解説記事でも載せたほうがよっぽど社会的に有意義です。

 信毎は、地元漁業者の感情を忖度して東電を批判するのが正義だと思い込んでいるのでしょうが、それをやればやるほど「トリチウム恐怖症」を日本じゅうに蔓延させることになります。いつか必ず来る海洋放出の「恐ろしさ」が誇張され、風評を助長して福島の復興がますます遅くなるだけです。地元漁業者に気を使う必要があることは確かですが、極端な感情論まで擁護し正当化することは、「科学的根拠なんか知ったこっちゃない。福島産の魚は絶対ムリ」という、頭の悪い消費者の偏見を容認することにつながります。
 べつに地元漁業者を批判する必要はありません。東電に媚びる必要もありません。ただ、科学的で冷静な記事を書くだけで福島の復興に貢献できると思うのですが、はたして信毎に「情理を尽くす」気があるかどうか。

 自覚と責任が欠如したマスコミには困ったものですが、政府内にも頭の悪い大臣がいるようで情けなくなります。吉野正芳復興相は14日の記者会見で、海洋放出に反対を表明し「風評被害が必ず発生する。福島県の漁業者をこれ以上追い詰めないでほしい」と述べたそうです(福島民報記事)。
 だーかーらー、その風評を防ぐよう全力を尽くすのがアンタの仕事じゃないの! 何の対策も打たないまま、まだ起きてもいない風評を怖れてタンクが延々と増えていくのを放置すれば、「フクシマの事故処理は全然進んでいない、むしろ悪化している」というマイナスイメージが世界中にばらまかれ続けるのです。その結果、福島の復興が遅れたら、今度は地元漁業者たちが悪者扱いされかねません。そうならないように、国もメディアも総力を挙げて今からまともな世論形成を図らなきゃいけないんでしょうが。

先の専門家の報告によれば、現在の福島県内の漁業は「試験操業」という形で行われており、昨年の実績数量は震災前の8%にとどまっているとのことです。壊滅的打撃から立ち直れていないわけですが、であるならばなおさら早くトリチウム水の放出に踏み切った方が、風評によるダメージは少なく済むでしょう。大臣たるもの、それくらい冷静な判断ができなくてどうするんですか。
 福島選出だからしょうがないのかもしれませんが、こんな腰抜けド近眼には復興担当大臣なんて務まらないんじゃないですかね。今度の内閣改造でさっさとお払い箱にした方がいいですよ、安倍さん。
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テーマ : 放射能汚染
ジャンル : 政治・経済

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