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特亜への牽制球を散りばめた70年談話

 わたしが戦後70年総理談話をテレビ中継で観たときの第一印象は「長えよ!」でした。一部の民放では「植民地」「侵略」などのキーワードチェックリストまで表示しながら、談話が終わる前にさっさとCMに切り替えていたのが笑えました。

 談話の中で、一番印象的だったのがこの部分。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。


 これ、完全に中韓に対する牽制ですよね。国際社会の寛容を強調すればするほど、いまだに歴史問題を蒸し返す特亜の異常性が強調されるという。

 「キーワード」として注目されていた反省や謝罪の文言も、変化球として入れてきました。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。


 要するに、日本はこれまで何度も謝罪してきたし、それを行動で示してきたじゃないか、その立場は今も将来も変わりないと表明しているのに、それでもまだイチャモンをつける気か、という遠回しの抗議です。
 そりゃそうですよね。安倍晋三、習近平、朴槿恵といった日中韓の首脳は、すでに全員が戦後生まれです。いまや大東亜戦争を直接知らない「被害者」の子孫が、戦争を直接知らない「加害者」の子孫に対して謝罪と反省を要求する時代に突入しています。孫やひ孫や玄孫たちまで永遠に謝罪を続けなければならないというのなら、モンゴル人はユーラシアの各国に対し、チンギスハンの蛮行をいつまで謝罪し続けなければならないのかって話です。

 少し話は変わりますが、先日のニコニコドキュメンタリーの討論「『従軍慰安婦問題』を考えよう」で、アジア女性基金の理事だった下村満子さんが「被害を受けた当人たちが亡くなってしまったら、日本は一体誰に向かって謝罪をすればいいのか(だから早くこの問題を解決しなければいけない)」と発言していました。
 それを聞いた時、わたしが思ったのは「じゃあ加害した当人たちが不在のまま謝罪を繰り返してきた日本って、一体何なの?」ということでした。直接の加害者(女衒や慰安所経営者や軍人)はほとんど特定されていないし存命者も極めて少ないだろうことを考えれば、本当に謝罪すべき主体はすでに存在しないことになりませんか。加害者を名乗りでた貴重な一人もただの虚言癖だったしw

 日本国内のサヨクさんたちや告げ口外交を展開する韓国のみなさんは、「慰安婦問題は二国間の問題ではなく普遍的な人権問題だ!」と言い続けています。国家間の問題でないのならなおさら、戦後生まれが主体である現代の日本に謝罪を要求するのはお門違いとも言えるわけで。
 もちろんまだ存命の元慰安婦はいるし、韓国側は「彼女らに対して日本がきちんと謝罪していない!」と怒っているわけですが、韓国側が当人たちにアジア女性基金のことをきちんと知らせず、償い金とお詫びの手紙の受け取りすら妨害した以上、もう日本としてはこの問題について交渉することはできません。

 安倍談話で注目された「侵略」や「植民地支配」についても同じことです。それらに直接加担しておらず、実体験すらしていない戦後生まれの日本人に対し、同じく被害を実体験していない韓国人が「心からの」「真正性ある」謝罪を要求することのナンセンスさ。当事者でない人間に謝罪の「真正性」を判定する資格があるのかってことです。

 それでも安倍首相がこれらの問題に触れて「断腸の念」を表明したのは、日本という国を背負った代表者としての責任からです。もしそれを「ただの口先だ」「ただのパフォーマンスだ」などと批判する人々がいるとすれば、それは日本という国そのものを軽視している証拠であり、彼らは今後日本政府に何かを要求する資格はありません。

 ニコニコドキュメンタリーの「タイズ・ザット・バインド」をめぐる討論では、「作品の視点が不公平だ」「製作者は勉強不足だ」と不満を訴える平沢勝栄氏や潮匡人氏に対し、青木理氏が「イギリスの視点からは日韓関係がこう見える、という現実を受け止めなくちゃいけない」と指摘していました。
 今回の安倍談話も同様です。特亜からはきっと、アレが足りないコレが余計だとさまざまな反応が出るでしょう。でも現在の安倍政権=日本政府のスタンスがこういうものであるということを彼らがきちんと受け止め、その上でどう日本とつきあっていくかを冷静に考えることができなければ、東アジア外交に未来はありません。
 安倍首相にしてみれば、今回の談話はかなり譲歩したものでしょう。それに対し、ひたすら感情に任せて文句をつけるのは愚かですし、戦略的下心からイチャモンをつけるのだとしたら不誠実です。
 中韓や野党がどう応えるか、われわれネトウヨはジト目で見守ることにいたしましょう。
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テーマ : 安倍政権
ジャンル : 政治・経済

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