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ビタ一文払ってないくせに朝鮮特需の恩を着せたがる韓国

 韓国の保守派論客である趙甲濟氏が、自身の言論サイトで朝鮮戦争と日本の関係について論説を書いていました。以下、機械翻訳を微修正して引用します。

http://www.chogabje.com/board/view.asp?C_IDX=63079&C_CC=BB

朝鮮戦争で日本はこうやって金を儲けた!

 韓国戦争の時期、日本が経済復興をしたことはよく知られている話だが、これを裏付ける資料や研究書を探すのが難しかったところ、1985年に出版された3冊立てのマッカーサー伝記(THE YEARS OF MacArthur)を読んだ。D.クレイトンジェームズが書きヒュートンミピルリン出版社から出した大作の第3巻は「勝利と災い」というタイトルで、ここで興味深い統計を発見した。「日本に及ぼした韓国戦争の影響」という小見出しがついた文章の中で、著者は韓国戦争の時期、日本は国連軍の兵器廠の役割をしたと要約した。

 戦争が起きる前の1950年春、日本に駐留した米軍は6万人だった。戦争が勃発すると、米国は、同年9月までに韓国と日本に合計25万人の米軍を配置した。1953年1月までに国連(陸海空軍)は、米軍35万、その他の連合軍4万4千、韓国軍37万人余りなど計76万8000人に達した。
 日本は韓国に投入される国連軍の訓練場となった。1952年までに日本に2500カ所の各種米軍施設が入った。陸海空軍のための訓練場、特殊戦学校、射撃場、病院、保養所、港湾施設、武器庫、工兵施設等。建設ブームが吹いた。米国の技術と資金が日本の労働力と結合された。駐日米国大使ロバート・マーフィーは、「驚くべき速度で、日本列島は巨大な補給倉庫に変わった。これがなかったら韓国戦争は実行することができなかっただろう」と述べた。

 1947 年にマッカーサーは先見の明がある措置をとった。作戦名はロールアップ(Roll-up)。太平洋戦争時、中央および南西太平洋戦線に捨てられた武器や装備を回収して修理することだった。韓国戦が起こると、この武器が前線に投入された。武器や装備を修理する仕事が日本の会社に移った。韓国戦の初期4ヶ月間、日本の会社などは48万9000丁の小火器、1418門の大砲、3万4316個の制御装置、743台の戦闘車両、1万5000台の一般車両を出庫させた。
 戦争では軍需分野に多くの人材が投入される。マッカーサー司令官は、これを主に日本の人材に任せた。日本人の力を利用することができなかったならば、米軍は約20万~25万人の追加兵力が必要だったという。日本の海上保安庁が持つ機雷除去技術などは、国連軍が北進するとき韓国戦線に投入された。日本の海運・鉄道技術者も、国連軍に所属し韓国で活動した。

 マッカーサーは朝鮮戦争が始まるとすぐに、日本駐留軍需司令部を創設した。韓国戦線に必要な物資を日本で調達し始めた。日本の会社と契約した購入額は、1950年に1億8400万ドル、1952年には8億2400万ドル、1953年には8億600万ドルに達した。当時の日本の輸出額は10億ドルの水準だった。米国は、米軍と韓国軍、そして他の連合軍のための武器と装備だけでなく、韓国人のための救援物資も日本で購入した。このような資金は、米国政府と援助機関から出てきた。特別な資金で購入された材料の額は、1950~55年の間に17億ドルに達した(編集者注:軍需司令部が購入した金額と重複する部分があるか不明)。  豊田自動車会社を例に挙げる。この会社は1950年6月に304台のトラックを生産した。韓国戦が爆発し、軍需用注文が殺到して1951年3月になると、毎月1500台作った。豊田の神谷小太郎社長はこう言った 。「米軍のご注文は、当社の救世主だった。嬉しくもあったが、罪を犯す気分になったりした。他の国の戦争を嬉しがっているという考えで。」

 米軍の特別資金の購入額の約10%は、日本が生産する武器、弾薬、装備を買うために使われた。これは日本の武器産業の復活を促進した。極東司令部は、太平洋戦争に動員された約1000の軍需メーカーを閉鎖させたが、韓国戦が起こると生産を再開させた。1950年8月、米国合同参謀は、「もし、世界戦争が起こった場合、日本の軍需産業の能力を、米国が利用できなければならない」という立場を定めた。
 戦争物資の生産以外の分野でも、日本はお金をたくさん稼いだ。日本きた国連軍所属の軍人たちが様々な目的のためにお金を使った。彼らが個人目的で使ったお金は、一日平均100万ドルに至ることもあった。横須賀は日本の売春婦が1500人に増えた。
 韓国戦が開始されたとき、日本の製造業生産量は戰前(1934~36)の3分の1の水準だったが、戦争が勃発してから製造業は急速に回復した。1950年末に戦前の94%、51年に128%、1953年には171%に向上した。製造業従事者の賃金指数も1950年に59.5(1960年を100として見たとき)、51年に65.6、52年に73.5、53年に77.4に急騰した。

 輸出額は1949年に5億1000万ドルだったのが、1951年に14億ドルに増えた。輸入は1949年の9億500万ドルが1952年には20億ドルに増加した。東京証券市場も活性化された。1950年6月の日取引額は9470万円だったのが1953年2月には24億円に急増した。1951年初めに議会で演説した吉田首相は「最近、日本は経済の回復と復興に向かって著しい進展を見せている」と報告した。
 韓国戦期間に財閥企業に対する規制も緩和され、共産主義者に対する規制は強化された。日本の高度成長路線は、韓国戦の時期にその枠組みが作られたものである。
 李承晩大統領が平和線を引いたことを憎む日本人が多い。しかしその李承晩の決死抗戦のおかげで韓国が自由主義の防波堤になり、日本の高度成長が可能になった。今日の日本人たちが享受する繁栄と平和は韓米軍を含む国連軍派兵16カ国の兵士たちが流した血のおかげでもある。


 我が国は韓国の近代化に貢献したと日本人が言うと、すぐさま韓国人は反論します。「日本こそウリナラに感謝すべきだ。朝鮮特需で悪稼ぎしたおかげで戦後復興できたくせに」。
 朝鮮特需がありがたかったのは認めますが、ちょっと待ってほしい。
 趙甲濟氏自身が述べているように、日本に軍事物資を発注し、お金を支払ったのは米国や国連です。そしてその物資は韓国を守るために使われました。日本、米国、韓国のうち最大の受益者は誰か? 米国のカネと日本のモノによって国を守ってもらった韓国です。あの時、韓国は日本にビタ一文も払ってないんじゃないですか?

 趙甲濟氏自身が述べているように、朝鮮戦争において日本はできたてホヤホヤの「平和憲法」をさっそく無視し、戦闘地域に掃海部隊を派遣して南を支援しました。ウィキペディアによれば、日本が動員した海上保安官や民間船員は8000人以上、開戦からの半年だけで56人もの命が犠牲になったとのこと。
 李承晩がちゃんと対北防衛策を取っていれば、日本も米国も尊い人命を失わずに済んだはずです。韓国は西側友邦に多大な迷惑をかけたことを謝罪すべきですし、日本のおかげで被害を抑えられ国を失わずに済んだことを感謝すべきです。

 にもかかわらず李承晩は朝鮮戦争さなかの1952年、日本にまだ自主防衛力がないのを良いことに一方的に李承晩ライン(自称「平和線」)を設定して日本漁船を締め出し、竹島を占拠したわけです。そして多くの日本漁船が拿捕され、日本側には死傷者まで出ました。

 このサイテーな恩知らず野郎を偉大なる国父と呼んで崇め奉っているのが、趙甲濟やバンダービルドといった韓国の保守派なんですよね。李承晩の決死抗戦? 北への対抗よりも自国民の虐殺(保導連盟事件)にかまけ、北軍が迫るとさっさと逃げてソウル市民を見殺しにし(漢江人道橋爆破)、米軍が上陸するまで手も足も出ず日本に亡命しようとしてたヤツが決死抗戦?(以上、すべてウィキペディアの知識)
 まあ、韓国の兵士が多く血を流したのは事実でしょう。でも彼らが必死に戦った目的は自分の国を守るためであり、決して日本に好景気をプレゼントするためではありません。「韓国軍が流した血のおかげで日本は好景気になった」と声高に言いふらすのは本末転倒なだけでなく、先人の名誉を傷つける行為じゃないですかね。…チョッパリのわたしが説教するのもなんですけど。

 朝鮮戦争が日本の戦後復興の契機になったのは確かでしょう。あの特需がなかったら、日本の高度経済成長は多少遅れていたかもしれません。でも、裏を返せばその程度。朝鮮特需がなかったら日本は復興できずに滅亡していた、なんてことは絶対にありません。

 一方、朝鮮戦争の時に日本が国を挙げて支えなかったら、おそらく南は負けていたでしょう。「アコーディオン戦争」と言われるくらい、形勢が目まぐるしく変わる激戦でしたからね。
 連合軍からの膨大かつ高度なニーズに日本が応えることができたのは、すでに当時しっかりとした技術力、産業力があったからこそ。つい数年前まで日本が軍国主義だった「おかげ」です。逆に、もしあの戦いの戦線が日本にあり、兵站を担うのが韓国だったら?…ねえ。

 さらにいえば、戦前の日本が朝鮮半島に進出していなかったらどうなっていたか。日清日露戦争に代わって清露戦争が起きていたでしょう。大陸国同士の戦いですから、朝鮮半島は盛大に蹂躙されていたはずです。結果としては当然清が負け、朝鮮半島はすべてロシア=ソ連の勢力下に置かれたに違いありません。ま、どちらが勝つにせよ、半島は分断されない代わりに全体が赤一色に染まり、韓国なんて国は誕生の余地すらなかったはずです。

 かつての自分は誰に殺されかけ、誰に助けられたのか。そのことを直視しないまま、目の前のえさに飛びつく無節操ぶりを産経新聞は「事大主義」と呼んで軽蔑したのだと思います。

 現在の中国が韓国をチヤホヤしているのは、いわゆる西側諸国には他につきあってくれる国がいないから。韓国が持っている(一応)自由民主主義陣営の一員というブランドを、国際社会からの孤立をごまかす言い訳に利用したいから。韓国と歩調を合わせて日本を悪者扱いすることで、自国の軍拡を正当化したいからです。

 等距離外交はけっこうですが、その距離を測る基準は韓国人の主観ですからねえ。習近平の猫撫で声に釣られて一線を踏み越えたら、後戻りできなくなりますよ。
 戦前の日本は、新興国としてのメンツもありましたし朝鮮には親しみを抱いていましたから、良くも悪くも半島経営に総力を傾けました。かたや、一党独裁体制の維持しか興味のない中国が新しい飼い主になったところで、どれほど真剣に韓国の世話をしてくれることやら。
 平気で同盟国を裏切るようなコウモリ国家は、簡単に宗主国様から見捨てられても文句を言える立場ではありません。
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テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

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