朝鮮日報「日本に謝罪させるためにはもっと日本に寄生するしかない」

 朝鮮日報東京支局の金秀恵特派員が、コリア語版にコラムを書いていました。日本語版には見当たりません。以下、機械が翻訳した文章をあてずっぽうで読みやすくアレンジして全文引用します。機械翻訳のままだとすごく頭の悪そうな文章になって、それはそれでリアルな感じなのですが、いかんせん読みにくいので。強調は引用者。

朝鮮日報コリア語版
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2015/10/18/2015101802964.html

[特派員レポート]おばあちゃん、申し訳ありません

ギムスヒェ東京特派員
入力:2015.10.19

 15年前、私は鍾路警察署に出入りする記者だった。その年の2月末、警察署の壁に「水曜集会」の案内文が張り出された。3・1節が水曜日にあたり、集会がちょうど400回になると書かれていた。
 京畿道光州にあるナヌムの家に行き、日本軍慰安婦おばあさんたち九人にお目にかかって3・1節の日の朝、社会面のトップ記事を書いた。その時の私は、おばあさんたちの話に憤慨し、社会面トップを書くことに興奮した。この問題に憤慨する人が多くなれば、難題も軽く解決するだろうと感じた。記者の使命は、できるだけ多くの人を私のように憤慨させることであり、それを果たせば「任務終了」と簡単に考えていた。純真だったのか、愚かだったのか。

 あの日お会いしたおばあさんたちの多くが亡くなった。
 「がんで先立った他のおばあちゃんに『これ以上は生きられない私の分まで突っ走ってほしい』と言われた」と話していたダンスンドク(1921~2004)おばあちゃん。「どんなに歳を取ろうが這ってでもデモに行く」と言いながら、亡くなる最後までデモに参加し、11年前の夏の終わりに逝去されたノ青磁(1920~2004)おばあさん。金さんが逝って2カ月後の真夏に瞼を閉じた。「冬にデモに行くのが一番しんどい」と話していたバクオクリョン(1919~2011)おばあちゃんは、2010年の冬を越した翌年の花咲く春に亡くなった。「あとどれくらい記者たちに会って胸をえぐり取られるような昔の話を続ければ謝罪が受け取れるのか」と言っていたイ傭女(1926~2013)おばあさん。お言葉の終わりに泣いたが、2年前の夏に亡くなった。

 その時の私は、慰安婦問題がどれほど解決が難しい問題かを知らなかった。知らないくせに、知っていると思い込んでいた。そしてすぐにこの問題を忘れて、次のトップ記事に移った。
 そうしている間に、生きていらっしゃったおばあちゃんのうち、150人のうち100人が亡くなった。最近の私は朝鮮日報東京支局で、15年間よりも厚くなった慰安婦関連資料に赤いラインを引きながら「この問題がいまだに解決されてこなかった」云々という記事を相変わらず送っている。
 記事を書きながら胸に食い込むのは、「解決とは何なのか」という疑問だ。私たちの要求の核心は、日本が「慰安婦問題は、大日本帝国という国家が犯した戦争犯罪であり、その責任は大日本帝国と大日本帝国を継承した日本国にある」ときれいに認めることである。安倍晋三首相がそれをするか? ありえない。安倍首相の次の首相はどうだろうか? 可能性は低い。ではどうすればいいのか? まさにこの点で韓国は政府も国民も意見がバラバラだ。
 私たちには「100年がかかってもしっかりとした方法で雪辱する道」が何なのかについて国論がない。「日本が悪く安倍が悪い」というのは原論でしかない。私たちはお互いに非難されるのが怖くて、安倍首相の悪口だけを粘り強く繰り返す。本音と建前を使い分けているのは日本人だけでなく、韓国人も同じだ。
 歴史問題に対する唯一の根本的な解決策は、強くなることだ。日本は絶対に私たちが望むような反省はしない。そのような日本を相手に、この問題を忘れることも許すこともしないまま、実利は抜け目のなく持っていってしつこく毎日少しずつ彼らよりさらに強くなることだけが、慰安婦問題を含んだ歴史問題の懸案で私たちが願う場所に私たちを立たせておくことができる。
そこまで行く間、避けられなく多くのおばあさんが亡くなることだというのが詰まって感じでよく聞こえないだけだ。


 このコラムを読んだわたしの感想は、端的にいうと「ザマーミロ」です。
 韓国メディアの「中の人」たちって、きっとほとんどがこんな感じ↓なんだろうと想像します。

「自国民の怒りが爆発すれば、日本は恐れをなして屈服するだろう。我が社の使命は怒りの炎に存分に油を注ぐことである。その結果がどうなるかなんて知ったことではない。問題の解決がますます難しくなったとしても、その責任はまず日本にあり、次にあるとすれば国論をまとめきれない韓国政府や国民にある」

 アジア女性基金についてまったく触れていないのが、あいかわらずのウリナラチラシクオリティです。
 この記者さんは「解決とは何なのか」などとしおらしく自問自答しているようですが、日本のネトウヨのほとんどはその答えを知っています。韓国が希求している「解決」とは、「勝利」と言い換えることができます。決して「和解」ではありません。日本に勝利したと実感できないかぎり、韓国人にとって歴史問題に「解決」はありえません。そして勝利の美酒には中毒性があるのです。
 だから日本が引き分けに持ち込もうとすると、韓国はそれに応じる振りをして攻め込んでくる。僅差の勝利が目前に迫ると、圧勝がほしくなって延長戦に引きずり込む。あきれた日本が試合を放棄してロッカールームに引き上げても、まだピッチに残って騒ぎ続ける。

 この記者さんは「韓国が強くなれば日本はおのずと土下座するだろう」と素朴に思い込んでいるようですが、それこそが日本に勝利したがっている欲望の表れです。
 けれど、弱い国に強情で強い国にへつらうのが日本だと思ったら大きな間違いです。日清、日露、大東亜と、格上の相手に無謀な戦争を繰り返してきた日本のクソ度胸を甘く見てはいけません。
 たとえば中国はいまや世界第二位の強大国ですが、その中華人民共和帝国様に安倍首相は謝罪したでしょうか。戦後70年談話を読んでも、謝ってるんだか開き直ってるんだかさっぱりわかりません。むしろ中国を「隣人」の中でもビリッケツ扱いしているうえに、歴史問題でグチグチ言いながら海洋進出を図っている中国の姿勢を暗に批判し、「自由、民主主義、人権といった基本的価値」を共有する国々と力を合わせて包囲網を構築するぞと脅しをかけています。
 朝鮮半島なんか、たとえ南北統一が実現したところで、いまの中国を上回るほどの国力を築く可能性なんかほぼ永遠にないわけで。

 まあ、自分の国を強くしたい、周囲から見くびられない国になりたいという記者さんの気持ちはわかりますが、その手段があいかわらず「日本から抜け目なく甘い汁を吸えばいい」という寄生虫根性なのか情けない。そんな姑息な真似をして日本から謝罪をむしり取れたとして、天国に召された慰安婦おばあちゃんたちが喜ぶでしょうか? …大喜びするんだろうな。

 河野談話やアジア女性基金は日本にとって精一杯の誠意でしたから、それ以上の譲歩はそもそもありえないのではありますが、なぜ最近の日本がとみに韓国に対して冷淡になったのかといえば、それは韓国が豊かで強い国になったからです。
 日本人は、枕草子の時代から「いとあはれ」なもの、「いとかはゆし」なものが大好きです。弱くてみじめで不憫なものをいたわり愛でる自分自身が大好きなのです。福沢諭吉が金玉均を支援したのも、そういう哀れみの心に由来していたんじゃないでしょうか。
 道徳的優位を誇示したいがために謝罪を要求する韓国と、寛容を示すことで自己満足に浸りたい日本。その利害が奇妙に一致したのが1990年代の日韓関係でした。当時の韓国は軍事独裁に終止符を打ち民主化を成し遂げて間もない時期ですから、日本としては韓国に寄せる期待と愛着は相当なものがあったはずです。たとえ歴史的事実とはかけはなれていたとしても、民主国家になった韓国との友好関係を維持できるなら多少の譲歩はやむを得ない、と河野さんや宮澤さんは考えたのでしょう。

 こう考えていくと、韓国が将来、日本から思い通りの謝罪を受け取るための道筋も見えてきます。それはつまり、韓国が弱小国家になって日本に服従を誓うこと。中国との縁を切り、竹島と仏像を返還し、産経の加藤前局長を無罪放免し、水曜集会や徴用工訴訟や旭日旗排斥や東海併記運動やソメイヨシノ起源説を取りやめ、世界中の慰安婦少女像を撤去し、これらの反日行為を謝罪すること。ついでに北朝鮮に攻めこまれて滅亡寸前になり、日本に集団的自衛権の行使を懇願すれば完璧です。いまどきの用日は、これくらい身を削らなければ実を得られません。土下座されたければ土下座しろ。それがこの世界を支配する等価交換の原則です。
 そこまでやれば、日本だって韓国の意気に感じ入り、半島に派兵して韓国主導による南北統一を助けた上で国庫による元慰安婦救済事業の実施に動き出すかもしれません。そのころには存命中の慰安婦ハルモニなんて数人でしょうし。

 もちろんわれわれネトウヨは断固反対しますけどね。
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