人フン教授と反日国家の共通性

 ハンギョレ日本語版に『「人糞教授事件」の教訓』という、けったいなタイトルの寄稿が載っていました。オスロ国立大の朴露子という教授が書いたものです。
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/23920.html
 内容がどうであれ、日本人の学者なら自分の原稿にこんなタイトルはつけないでしょうし、日本の新聞ならこんなタイトルは許可しないでしょう。大学教授も大手新聞デスクも「人糞」という言葉を平気で露出しているのですから、やっぱり韓国という国は根本的なところでウンコ好きなんだなあと思います。

 で、寄稿文の中身はというと、韓国インテリ特有のダラダラとくどい文章が続くのですが、要約すると以下のとおり。

・昨年、韓国のある私大の教授が教え子を虐待していたことが判明して話題になった。問題の教授は「教授採用の可能性」という餌で教え子を縛り、給与も与えず奴隷のような生活を強制したうえで、人糞を無理やり食べさせるなどの暴行を常習的に行っていた。
 まるで封建時代か辺境の軍隊のようなこの事件は数年間も世間に知らされないまま放置されていた。

・権力を過信した人間は脳内物質の分泌により攻撃性が高まるものだが、長期的な「権力中毒」は自制機能を損なう。こうしたことを防ぐには、絶対的な権力を排除し、あらゆる層(階級)が互いに統制しあうことが必要だが、韓国の学界、特に私大にはその機能がない。暴力と隷属の関係は世代を超えて連鎖していく。

・こうした横暴な「貴族」集団を生み出したのは朴正煕の独裁政治であり、下位の奴隷人材を搾取する構造を作り出したのは競争を至上のものとする新自由主義である。大学と学界の民主化は急を要する。



 どんな話題でも強引に自分に都合のいい結論に持ち込む論法には毎度驚かされますが、わたしはこれを読んで、「ああ、韓国の対日歴史要求も同じ構図だな」と感じました。エサで釣って支配下に置き、思いのままに嬲ろうというその態度が。

 日韓関係の場合、エサに相当するのが「真の友好」とか「真の和解」とかいう甘い言葉です。「仲良くしてほしきゃ土下座しろ」、「これ以上騒がれたくなければ言うことをきけ」。そう韓国から迫られて四苦八苦していたのが、慰安婦問題を突きつけられた当時の宮澤政権だったのでしょう。
 もちろん、当時の盧泰愚や金泳三はもっと柔和な表現をしていたでしょうが、要求の実質は同じことです。そしてほとんどの韓国人は、いまもそうした立場を変えていません。

 弟子に人フンを食べさせて喜ぶ教授も、フンぞりかえって日本に謝罪を要求する韓国も、ハラスメント中毒という点では同じです。相手の目の前にぶらさげた「エサ」の価値に絶対の自信を持ち、相手が反撃してこないことでますます図に乗り、自分には力があると過信して行動をエスカレートさせてきたわけです。

 けれど、韓国のアカハラ騒動と日韓外交では、大きく違う点が三つあります。

 一つは、権力のありか。上司が部下を虐げる権力には、社会的身分や人事権といったリアルな裏付けがありますが、韓国が日本を攻撃する根拠は、被害者意識に基づいた「道徳的優位性」という主観的なものしかありません。しかもそれは日本が新たな加害を行わない限り、どんどん経年劣化する性質のものです。
 朴槿恵大統領が就任直後に「加害者と被害者の関係は千年たっても変わらない」と宣言したのも、道徳的優位性の風化を恐れたからでした。

 もう一つの違いは、エサの中身。実社会において就職や出世は下位者にとって死活問題であるとともに、上位者にとってはリスクなしに与えることができるカードです。
 けれど日韓関係では、韓国から「許し」や「友好」がもらえなくても日本は別に困らないということが、すっかり日本にバレてしまいました。エサを蹴った日本を罰しようとして韓国が邁進した「告げ口外交」も失敗しました。かといって新たなエサを用意することもできません。それどころか、自国や中国の経済的低迷、北朝鮮の脅威増大などによって、乙であるはずの日本に協力を乞わなければならない状況に追い込まれています。

 結局のところ、アカハラとかパワハラとかいった種類の暴力は、閉じられた世界でしか通用しないということです。職場という檻から抜けだそうとする人は経済問題という鎖と格闘することになりますが、日韓外交はべつに檻の中のデスマッチではありません。日本を縛っていた戦争責任という鎖も、だいぶ錆び始めています。これが第三の違いです。

 反日メディアや反日国家が、特亜三国のことをあえて「アジア諸国」と大雑把なくくりで表現したがるのは、世論の視野を狭めてあたかも日本を閉じ込める「檻」が今も存在するかのように演出したいからです。
 けれど彼らのそうした報道や主張は、彼ら自身が狭い価値観にとらわれていることを自白するものです。中国は中共独裁体制。韓国はウリナラマンセー。日本のサヨクは選挙に勝てないルサンチマン。そうした狭い価値観を維持するためには、日本は戦後レジームという檻の中にいてくれないと困るのです。檻の外から日本をつついていじめるのが、彼らの最大のストレス解消法だったのですから。

 でも、日本がそんな遊びに付き合う義理はありません。我々は肩の力を抜いて遠くを見渡し、戦後レジームの枷から足を抜けばいいのです。自分の足で自由に歩くという当然の権利を行使できずにおいて、「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占め」ることなんて、どだい無理じゃありませんか。
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