日本人の「信頼力」を「無気力」と信じたがる朝鮮日報

 朝鮮日報のデジタルニュース本部副本部長・朴垠柱なる人物が書いたコラム「日本人と違って韓国人に「不可逆」的なものはない」は、韓国人のメンタルを理解するのにとても役立つ素晴らしい記事でした。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/04/25/2016042500862.html

 コラムはまず、大地震で被災しても取り乱すことなく、冷静にマナーを守る日本人の姿について「これは美談ではなく「神話」のレベルだ。うらやましいくらいだ」と素直に羨望の意を示し、こうした日本人の性質の根底には何があるのだろうか、と問いかけます。
 彼女がみずから示した答えは、「日本人は自然災害に襲われすぎて無気力になっているから」というものでした。

 日本はプレートの上に建てられた国だ。日本の歴史とともに始まった地震や津波は、「人間にできることなど何もない」という判断をひそかに後世に伝える役目を果たしているのかもしれない。日本について研究するある学者は「日本で仏教と神道が融合し、宗教的権威の代わりに刀を持った武人に圧倒された日本の封建制以降の歴史を根拠に、来世よりも『現世』や『現在』を重視する観点が生じた」と分析する。多くの神社があるにもかかわらずだ。

 一言で整理すると、「仕方ない」という考え方だ。恨みはむなしいことなのだ。状況を変えることができなければ、今に忠実でなければならない。あるいは日本人は環境がつくり出した唯物論者だ。評判や和合が重要で、迷惑を掛ける人間は共同体から排斥される。「品格ある犠牲者」の根底には受容、放棄、虚無主義も交じっているだろう



 なるほど、日本古来の自然観(=畏怖)と仏教的無常観の融合により、ある種の諦観が日本人に染み付いている可能性はあるかもしれません。
 ここでいう「唯物論者」というのは、言い換えれば「現実主義者」ということになるでしょう。
 そこまではまあいいのですが、引用部分の後段からは、とたんに韓国人らしい悪意と矛盾がちらつくようになってきます。

>評判や和合が重要で、迷惑を掛ける人間は共同体から排斥される。「品格ある犠牲者」の根底には受容、放棄、虚無主義も交じっているだろう。

 解せませんねえ。来世よりも現世、未来よりも現在を重視する現実主義者たる日本人たちが、なぜ生きるか死ぬかという極限状態において、貴重な食料を他人にむざむざ譲ってしまうのでしょうか?
 自分の命を危険にさらしてまで「評判」やら「他人の迷惑」を気にするような人間を唯物論者と呼ぶのはおかしくないですか?

 結局これって、知性のない韓国ネット民のひねくれた日本サゲと同じ論法なんですよね。
→参考:中央日報「韓国人がヒトデナシなのは日本のせい」

 コラムの後半は、災害にあうと互いに騒々しく罵り合う韓国人への苦言を並べる一方で、そういう騒々しさが韓国人のダイナミックさなのだと開き直り、返す刀で日本の保守層を批判してみせます。韓国人の論法ってほんと、こんなのばっか。

 韓国人の属性が最もよく表れている「なんとかしろ」という言葉は、なんだか妙な感覚を抱かせる。「助けてくれ」は急いでいる場合、どんな文化圏でも簡単に聞ける言葉だが、誰かに向かって「なんとかしろ」と叫ぶ文化圏はそう多くない。韓国で起こる災難のほとんどが「天災地変」というよりは「人災」であることが多いためか、韓国人にはこうした態度が共同体に対して無礼だと思う気持ちもない。

 日本をよく知る人々は、日本は相変わらずすごい国だが、国家の活力(ダイナミックス)は韓国には及ばないという。日本人が自民党をあまりよく思っていないにもかかわらず自民党を圧倒的に支持するのも「集団的無気力」「集団的流れの認定」の象徴だという。逆らうことができなければ受け入れるようにだ。

 大規模な自然災害の記憶がほとんどない韓国は、人のすることは全て覆すことができると考える。ある日本人記者は、今回の韓国の総選挙の結果をめぐり「日本人が自民党体制を認めるように、韓国でも同じような結果が出るものと思っていた」と語った。韓国人は心の中で地震を起こし、「コンクリートの支持」に最初から活断層を作り出した。

 韓国人には取り返しのつかないことなどない。不可逆もあり得ない。仕方がないことも存在しない。それが横車を押して騒ぎを生み出し、時には予測できない変化をつくり出す。「現実は心の持ち方によって変わってくる」という素朴な観念論者であると同時に、「成せば成る」という朴正煕(パク・チョンヒ)精神の末裔(まつえい)なのだ。



 なあんかこれ、日本のサヨクジャーナリスト(若宮啓文とか)が垂れ流す卑屈なおべんちゃらを真に受けてるニオイがプンプンするんですけど・・・。

 韓国人が災害時に「なんとかしろ」と騒ぎ立てるのは、日本人のような無力観に毒されておらず、人間の力でどうにかなると信じているからだと。 へえ、そうですか。

 ポイントは、韓国人が叫ぶ言葉は「なんとかしろ」であって「なんとかしよう」ではないってとこですね。
 「成せば成る」ではなく、ただの他人任せ。しかもなぜか上から目線。
 どうすればいいのか自分でも分からないけど、とにかく他人にやらせようとするからこその、「なんとかしろ」。
 プライドに固執し、「被害者様」という道徳的優位性を確立する必要があるからこその、「なんとかしろ」。
 危機的状況にもかかわらず、お互いにそれをやるから状況を混乱させ、事態をますます悪化させる。
 そういうのはダイナミックスとは言いません。ただ愚かなだけです。

 国家的活力でいえば、朴正煕の「漢江の軌跡」なんかより、極東の島国のくせに一気呵成に富国強兵して列強相手に世界大戦を繰り広げ、原爆2発くらって本土を焼け野原にされたのにあれよあれよという間に経済大国として復活した某国の方が、よっぽどダイナミックだと思いますけどね。

 度重なる自然災害を通じて日本人が身につけたのは、虚無主義ではなく危機管理能力でしょう。
 こんなときにお互いいがみ合っても何の得もない。それを知っているから無駄なけんかをせず、自分のできることに徹するだけ。おとなしく救援を待つほかないなら、叫びたい衝動をぐっとこらえ、体力を温存して静かに待つのがもっとも賢明であることを理解しているのです。
 さらにいえば、このコラムでは冒頭で2杯のおかゆを8人家族が文句も言わずに分け合ったエピソードを「驚くようなニュース」として紹介しているのですが、この8人がなぜ冷静だったかといえば、あと少し待てば救援物資が届くに違いないという、社会への信頼があったからです。

 かたや韓国は、自然災害の少ない恵まれた環境にありながら、大規模な人災を繰り返してきました。
 当事者たちが率先してなんとかすれば防げる事故にもかかわらず、結局おたがいに「なんとかしろ」と他人任せをやめられないから、同じ過ちを繰り返すのです。お互いを信頼できないから、不安にかられてますます騒ぎ立てる悪循環なのです。

 日本人の「信頼に裏打ちされた冷静さ」を虚無主義と呼び、自分たちの疑心暗鬼な無責任体質をダイナミックスと呼ぶ。一流のメディア人がこんな不様なコラムを書いちゃってる事実そのものが、韓国がいつまでたってもダメな理由を物語っています。

> 韓国人には取り返しのつかないことなどない。不可逆もあり得ない。

 この部分は、シンシアリー氏が指摘するように、昨年末の日韓政府間合意を意識したものでしょう。
 韓国人はダイナミックだからあんな政府間合意なんかいつでもちゃぶ台返しできるんだぜ!と息巻いているわけです。

 でもねえ。慰安婦問題だって、結局のところ韓国は日本に向かって「なんとかしろ」を繰り返すだけでしたよね。
 そしてようやく「なんとかなった」のが、あの合意だったわけで。
 これ以上同じことを繰り返したら日韓関係がどうなるのか、韓国の皆さんは想像しないのでしょうか。
 もしかしてこの本部副部長様は、韓国が盛大に横車を押して騒ぎを生み出せば、無気力で虚無的な日本は「仕方がない」と諦めて土下座してくれると思っているのでしょうか?
 そうですねえ。たしかに今までの日本は、「仕方がない」といって何度も譲歩してきました。
 でもそれは、韓国という災害wを畏れて屈したからではなく、韓国という発展途上国を哀れんでいたからです。まがりなりにも韓国を基本的な価値を共有する相手と認め、互いに譲歩することで融和がかなうと信じていたからです。
 その信頼を裏切り、恥ずかしげもなく横車を押して騒ぎたてるような相手を、もはや日本は共同体の一員とは認めないでしょう。
 そして日本人は、一度「よそ者」のレッテルを貼った相手には、けっこう冷酷なところがあります。

 日本人は度重なる自然災害に鍛えられ、災害にどう対処すればいいのかを冷静に学んできました。
 対韓外交も同じです。安倍政権は過去の失敗を冷静に反省し、韓国に対処するノウハウを蓄積しつつあります。おそらくその知識は後の政権にも引き継がれていくでしょう。
 現実主義的で冷徹な日本と、観念主義的で無駄に騒々しい韓国との闘いは、どちらに軍配が上がるでしょうね。
 まあどちらも無傷では済まないでしょうが、結局は韓国が折れるか滅ぶかするしかないんじゃないですかね。

 本部副部長様がおっしゃるように、韓国人が『「現実は心の持ち方によって変わってくる」という素朴な観念論者』なのだとすれば、たとえ韓国は負けても大丈夫。あれこれ自分に言い訳をして観念の世界に引きこもっていれば、きっとなんとかなりますよ。日韓併合も朝鮮戦争も、ある意味「なんとか」なった結果ですからね。

 追記に元記事を全文引用しておきます。



http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/04/25/2016042500862.html
朝鮮日報日本語版 2016/04/24

【コラム】日本人と違って韓国人に「不可逆」的なものはない

「仕方ない」と考える日本、「なんとなかる」と思う韓国
悲惨な自然災害に遭っても「平常心」保つ日本人…地変がつくり出した「現実的唯物論」
人災が多い韓国では正反対、「おまえのせいだから、なんとかしろ」
社会的な疲労は高まるが、これも「活力」の象徴では


 日本の熊本から再び驚くようなニュースが飛び込んできた。地震が起こった後の話だ。「家族8人でようやくおかゆ2杯の配給しか受け取っていないのに、さらにもらうために再び列に並ぶ人がいなかった。ある被災者は『これだけでも食べることができるのは本当に感謝』と言った」「給水台の前で列が乱れると、互いに『お先にどうぞ』と譲り合う。誰一人として先にもらおうとする人がいなかった」「この大混乱の中でも恨み節一つ聞こえてこなかった」

 教養のある個人が悲惨な災害や事故に面しても品格を失わないことはある。しかし、10人、100人を超える集団がある同じ傾向を見せるというのは深刻に考えてみるべきだ。2011年に東日本大震災に対処する日本人の姿を観察した早稲田大学の外国人教授は「お釈迦(しゃか)様の姿に匹敵する」と表現したが、そのお釈迦様の姿は今回も健在だった。これは美談ではなく「神話」のレベルだ。うらやましいくらいだ。成熟した市民意識というのはこういう状態をいうのではないか。他の先進国の人々も日本人の態度には驚くという。だとすれば、その根底には何か違うものがあるのだろうか。

 日本はプレートの上に建てられた国だ。日本の歴史とともに始まった地震や津波は、「人間にできることなど何もない」という判断をひそかに後世に伝える役目を果たしているのかもしれない。日本について研究するある学者は「日本で仏教と神道が融合し、宗教的権威の代わりに刀を持った武人に圧倒された日本の封建制以降の歴史を根拠に、来世よりも『現世』や『現在』を重視する観点が生じた」と分析する。多くの神社があるにもかかわらずだ。

 一言で整理すると、「仕方ない」という考え方だ。恨みはむなしいことなのだ。状況を変えることができなければ、今に忠実でなければならない。あるいは日本人は環境がつくり出した唯物論者だ。評判や和合が重要で、迷惑を掛ける人間は共同体から排斥される。「品格ある犠牲者」の根底には受容、放棄、虚無主義も交じっているだろう。

 ここまで来ると、次のような言葉が浮かんでくる。(韓国は)「虚無主義であろうが何であろうが構わないから、互いにののしり合うのだけはいい加減やめてほしい」。韓国の現実と比較する中、自然とこんな言葉が出てきてしまう。災害現場では常に罵声が飛び交っている。あるいは政府に責任があると思えば「現政権は総辞職せよ」というスローガンがいとも簡単に登場する。

 どんな罪なのか、誰の罪なのか明らかにする前に「罪人の首を早く打て」と注文が飛び出す。そのため、その罪が明らかにされることも少なく、改善は一層困難になる。

 韓国人の属性が最もよく表れている「なんとかしろ」という言葉は、なんだか妙な感覚を抱かせる。「助けてくれ」は急いでいる場合、どんな文化圏でも簡単に聞ける言葉だが、誰かに向かって「なんとかしろ」と叫ぶ文化圏はそう多くない。韓国で起こる災難のほとんどが「天災地変」というよりは「人災」であることが多いためか、韓国人にはこうした態度が共同体に対して無礼だと思う気持ちもない。

 ところでたいていの現象は、2次元の平面ではなく3次元の立体だ。両面性が存在している。慎重過ぎると活力に欠け、迫力があると混乱する。

 日本をよく知る人々は、日本は相変わらずすごい国だが、国家の活力(ダイナミックス)は韓国には及ばないという。日本人が自民党をあまりよく思っていないにもかかわらず自民党を圧倒的に支持するのも「集団的無気力」「集団的流れの認定」の象徴だという。逆らうことができなければ受け入れるようにだ。

 大規模な自然災害の記憶がほとんどない韓国は、人のすることは全て覆すことができると考える。ある日本人記者は、今回の韓国の総選挙の結果をめぐり「日本人が自民党体制を認めるように、韓国でも同じような結果が出るものと思っていた」と語った。韓国人は心の中で地震を起こし、「コンクリートの支持」に最初から活断層を作り出した。

 韓国人には取り返しのつかないことなどない。不可逆もあり得ない。仕方がないことも存在しない。それが横車を押して騒ぎを生み出し、時には予測できない変化をつくり出す。「現実は心の持ち方によって変わってくる」という素朴な観念論者であると同時に、「成せば成る」という朴正煕(パク・チョンヒ)精神の末裔(まつえい)なのだ。

朴垠柱(パク・ウンジュ)デジタルニュース本部副本部長

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