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キノコ雲広告に透ける中国の姑息

 前回に続き、重慶青年報のキノコ雲広告について思うこと。
 あれが中国による日本への核攻撃を暗示していることは、べつに画像を深読みするまでもなく、広告とセットになっていた論説記事を読めば明らかだったんですね。

以下サーチナから引用。
(前略)
 問題の記事は3日付第5面に掲載した「われわれは過去に、日本に治【←対? ※引用者注】して友好的すぎたのか?」と題する論説だ。文章部分は1面の4分の1程度。日本側は主に、対抗面の第4面全面を使って掲載した広島と長崎に原爆のキノコ雲を描き加えた日本地図を問題にした。
(中略)
 ただし、文章部分も異例の「対日超タカ派論調」だ。中国は日本との国交回復前から日中戦争及び日本が絡んだ第二次世界大戦終結までの戦争について、「日本の軍国主義者が発動した侵略戦争。日本の人民は被害者だった」との公式見解を貫いてきた。国交回復時にも、同論法で反対論を抑えたとされる。

 しかし重慶青年報は3日付の同論説で、「日本の民衆と軍国主義は完全に対立しているというのは間違い」と断じ、「ひとつの事実を見落としている。軍国主義は原因なく発生することがないということだ」、「(日本の軍国主義には)日本の民衆という発生の土壌がある」と主張した。

 さらに、「最近における日本の世論調査では、大部分の人が集団的自衛権の解禁を支持した」ことを論拠に「日本の民衆と軍国主義を引き離して考えることは、歴史の現実に合致しない」と論じた。

 また、日中関係について中国側もしばしば用いる「政冷経熱」の考え方も「間違っている」と主張。「日本企業が1分(=0.01元)でも儲ければ、その金はすべて、次の戦争の軍事費になるだろう」と形容した。

 論説はさらに「第二次世界大戦中、日本が中国で犯した積み重なる罪は、必ず清算せねばならない」と主張。「これまでは日中友好のみを語って、戦争に対する賠償すべて帳消しにした。戦争犯罪者を無条件で日本に送り返した。これについて、中国人の寛容さを賞賛すべきなのか、犯罪分子を放任してしまったのか」と論じ、「中日友好の前提は、必ずや古い貸しを明らかにすることだ。このことはまた、抗日期間中に犠牲となった2000万の軍民に対する最低限の敬意だ」と主張した。

 最後の部分では、中国はこれまで日本に対して寛容すぎたと主張し、「今後は日本という、『死刑執行人』、「殺人犯」という前科者に対して、われわれは警戒を高めねばならない」、「中日が全面衝突する確率は、もやは小さくはない」と主張した。
(サーチナ 「原爆キノコ雲」掲載の中国紙、文面も異常な「超タカ派論調」

 完全に敵意丸出しじゃないですか。日本は政府も国民も殺人犯、だから連中を反省させなければならない、中国と日本は全面衝突する可能性が高いだろう――という流れでキノコ雲広告。中国からの核攻撃で日本が滅亡しても、その責任は集団的自衛権の行使を容認した日本政府と日本国民にある、という理屈です。ひっでえ。

 重慶青年報の論調は6月になってから突然「超タカ派」になったそうです。
(サーチナ 「原爆キノコ雲」掲載の中国紙、突然の「反日論調」・・・集団的自衛権がきっかけか
 編集長の首がすげ変わったりとかしたんでしょうか。知る由もありませんが。

 中国網(チャイナネット)日本語版が、今回の日本の抗議について反論していました。

キノコ雲を描いた地図が、中国外交部のウェブサイトや公的メディアに現れたのであれば、日本政府が抗議に出てくるのもわかる。だが「重慶青年報」は地方発行の週刊紙であり、典型的な民間都市メディアにすぎない。そこで表明されているのは中国の特定地域の民間の考え方であり、安倍政権の集団的自衛権容認に対する不満である。彼らは自らの意図に従って報道をする権利がある。日本側が不快に感じるなら、相談や要請といった形で疎通をはかればよいのであり、いわゆる「抗議」に出てくる筋合いはない。

(中国網 「キノコ雲報道に抗議 理解に苦しむ日本の論理」

「彼らは自らの意図に従って報道をする権利がある。」
 普段は厳重に検閲し思想統制しておきながら、こういう時だけ報道の自由を盾にする。そのダブルスタンダードが見苦しいんですよね。記事が検閲を通過したってことは当局公認ってことです。そりゃ外交問題にもなりますよ。そもそも重慶青年報は共産党のエリートを養成する共青団が管轄する新聞だそうです。それ、普通の国では「典型的な民間都市メディア」なんて呼びませんから。

 ただ、中国側の言い分にも理解できるところはあります。重慶青年報の「日本の民衆と軍国主義を引き離して考えることは、歴史の現実に合致しない」という指摘は間違いではありませんし、中国網の「日本は広島と長崎への原爆投下について、ある種の道徳的な優位を取ろうとする傾向にある」というのも一理あります。日本国内で「被爆者感情」が絶対視される雰囲気は、韓国の反日教を彷彿とさせるものがあって、個人的には「なんかなー」という気がします。

 日本政府も「被爆者感情ガー」と騒ぐより他に言い方がなかったんですかね。たとえば↓こんな。

「東アジアの核保有国の一部には、国連憲章に認められた集団的自衛権の意味を正しく理解できないばかりか、核による攻撃や威嚇を誇示し正当化するかのような論調が一部メディアに見られる。当該政府には、自国民のこうした不見識を改善する努力を期待する」 

 やっぱり、「不見識」という言葉はこういう使い方がしっくり来るんじゃないですかね。 
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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

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